《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

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失(う)せにける人の文(ふみ)の、

ものの中なるを見出(みい)でて、

そのゆかりなる人のもとに遣はしける

紫式部

暮れぬ間(ま)の身をば思はで人の世のあはれを知るぞかつははかなき

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

亡くなってしまった人の手紙の、

ものの中にあるのを見つけて、

その縁者である人の元に詠み贈った歌

紫式部

今日の暮れない間の命で、

明日のことは分からないわが身は思わないで、

はかない人の世の哀れさを知るというのは、

一方で、またはかないことです。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;亡くなった人が生前に書いた手紙が

物の中にあるのを見つけました。

その手紙を血縁の人のもとに届けました。

 

作者;紫式部

 

 

まだ日が暮れない(明るい時)のように

 

人生が

まだ暮れて(終わって)いないとき、

命のことは考えないで過ごしています。

 

元気に生きている間は

そんなことは思わないのだけれど、

 

(身近な誰かが亡くなった時)

人間の一生が

悲しく、寂しく、哀愁を帯びたものであることを

知ることになります。

 

そのうえ、

寿命は思い通りにならないし、

弱々しく、脆く、無常なものだと分かり

 

亡くなった人の墓の前で

涙を流すことですよ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

紫式部:生没年不詳。973年〜1031年という説がある。

中古三十六歌仙。女房三十六歌仙。

1006年〜1012年頃、一条天皇の中宮、藤原彰子に仕えた。

 

ゆかり:縁。血縁。縁者。

 

くる:目が眩む。涙で目が見えなくなる。心が乱れまどう。理性がなくなる。

くる:日が暮れる。終わる。過ぎる。

くる:与える。やる。くれる。

く:来。

 

ま:目。隙間。暇。部屋。

 

みを:川や海で深い溝のようになっていて、水の流れる道筋。船が往来する水路となる。

 

み:身体。身分。身の上。自分自身。命。本体。中身。内容。私。海。

 

み:美しい。立派な。

 

おもふ:思う。考える。思案する。愛しく思う。恋をする。懐かしく思う。回想する。望む。願う。希望する。心配する。悩む。嘆く。苦しく思う。予想する。〜そうな顔をする。

 

ひと:人間。世間の人。大人。立派な人。人柄。性質。身分。他人。あの人。従者。あなた。

 

よ:現世。御代。治世。一生。生涯。寿命。世間。俗世間。時節。男女の仲。夫婦の仲。生活。暮らし。

よ:余り。以上。ほか。

よ:私。

よ:夜。

 

あはれ:しみじみと心を動かされる。感慨深い。しみじみとした風情がある。情がこまやかだ。情が深い。愛情が豊かだ。いとしい。かわいい。素敵だ。関心だ。立派だ。悲しい。寂しい。気の毒だ。かわいそうだ。尊い。ありがたい。しみじみとした感動・情趣・風情。悲しさ。寂しさ。哀愁。愛情。人情。

 

しる:愚かになる。ぼける。ぼんやりとなる。物好きである。いたずら好きである。

しる:理解する。わきまえる。経験する。体験する。世話をする。面倒をみる。交際する。つきあう。分かる。世間に知られている。

しる:統治する。治める。領有する。

 

かつ:一方では。すぐに。次から次へと。ちょっと。わずかに。すでに。前もって。あらかじめ。そのうえ。それに加えて。

 

はかなし:思い通りにならない。期待外れだ。心細い。弱々しい。もろい。頼りにならない。あっけない。無常だ。つかの間だ。たいしたことではない。幼い。未熟である。あさはかだ。みすぼらしい。卑しい。

 

はかなし:墓無し

 

かなし:かわいい。いとしい。心惹かれる。おもしろい。すばらしい。みごとに。うまく。切ない。悲しい。気の毒だ。かわいそうだ。貧しい。くやしい。ひどい。残念だ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

詞書の「失せにける人」は、小少将。

 

紫式部集