《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

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病(やまひ)に沈みて久しく籠(こも)りゐて侍りけるが、

たまたまよろしくなりて、内(うち)に参りて、

右大弁公忠(うだいべんきんただ)、

蔵人(くらうど)に侍りけるに逢ひて、

またあさてばかり参るべきよし申して

まかり出(い)でにけるままに、

病重くなりて、限りに侍りにければ、

公忠朝臣に遣はしける

藤原季縄(すゑなは)

くやしくぞ後(のち)に逢(あ)はんと契(ちぎ)りける今日(けふ)を限りといはましものを

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

病気で苦しんで久しく籠っていましたが、

ふといくぶんよくなって、宮中に参上して、

蔵人でありました右大弁公忠に逢いまして、

また明後日ごろ参上できるだろうということを申し上げて

退出してくるとすぐに、病気が重くなって、

臨終の時を迎えましたので、

公忠朝臣に詠み贈りました歌

藤原季縄

悔しくも、のちにまた逢おうと約束したことです。

今日を最後として、もう逢えない、

と言ったらよかったことでしょうに。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;病気で伏せており、長い間、部屋に籠っていましたが、

たまたま体調が良くなったので、宮中に行きました。

蔵人でいらっしゃった右大弁公忠(源公忠)にお逢いして、

「また、改めて明後日頃に参内します」と言って

帰ってきました。

ところが、病気が重くなり、臨終の時を迎えることになりました。

公忠朝臣に歌を詠んで、遣いの者に持っていってもらいました。

 

作者;藤原季縄

 

 

とても悔やまれる気持ちです。

 

「またあとで逢いましょう」

とお約束しましたね。

 

だけど、

私の命はもう持ちこたえることができず、

死後の世界に調和しているので

どうしてもあなたに逢うことが

できそうにありません。

 

あの時

「今日限りでお別れです」と

言わなければいけなかったようです…。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

藤原季縄:?〜919年3月。

宇多天皇、醍醐天皇に仕えた。

 

源公忠:889年〜948年10月28日(享年60)。

948年は、天暦二年。

911年昇殿。

945年病気により辞任。

醍醐天皇、朱雀天皇に仕えた。

 

かぎり:限度。限界。極限。最大限。最高潮。期間。うち。範囲内。最期のとき。命の果て。臨終。葬送。全て。あるだけ全部。機会。時期。折。規則。決まり。おきて。〜だけ。〜ばかり。

 

くやし:悔やまれる気持ちだ。残念だ。

 

のち:あと。以後。次。将来。未来。子孫。末裔。死後。来世。のちの世。

 

あふ:耐える。持ち堪える。差し支えない。大目に見る。完全に〜しとげる。終わりまで〜しおおせる。どうしても〜することができない。

あふ:出会う。対面する。来合わせる。うまく出くわす。あたる。適合する。男女が関係を結ぶ。ちぎる。結婚する。相手になる。立ち向かう。対抗して争う。

あふ:ひとつになる。一緒になる。一致する。調和する。釣り合う。似合う。一緒に〜する。互いに〜しあう。

あぶ:(水、湯、光などを)浴びる。

 

ちぎり:約束。いい交わすこと。前世からの約束。因縁。宿縁。夫婦の縁。男女の結びつき。

 

ちぎる:引き切る。さかんに〜する。強く〜する。激しく〜する。

 

けふ:今日。

げふ:仕事。職業。

 

かぎり:限度。限界。極限。最大限。最高潮。期間。うち。範囲内。最期のとき。命の果て。臨終。葬送。全て。あるだけ全部。機会。時期。折。規則。決まり。おきて。〜だけ。〜ばかり。

 

いふ:言う。話す。名付ける。称する。呼ぶ。噂をする。評判になる。詩歌を詠む。言いよる。求婚する。求愛する。鳴く。区別する。わきまえる。

 

まし:もし〜としたら〜だろうに。〜たらよい。〜たらよかった。〜うかしら。できれば〜たい。〜だろう。

ます:いらっしゃる。おいでになる。〜ていらっしゃる。

ます:優れる。上回っている。まさる。

ます:多くなる。増加する。

ます:申し上げる。

 

ものを:〜のに。〜ものの。〜けれど。〜ので。〜だなあ。〜のになあ。〜ものだなあ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

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