《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

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題知らず

業平朝臣

白玉(しらたま)かなにぞと人の問ひしとき露と答へて消(け)なましものを

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

題知らず

業平朝臣

「あれは、白玉ですか、なんですか」と

女が尋ねた時、わたしは、

「あれがはかない露なのだ」と答えて、

その露の消えるように

死んでしまったらよかったであろうに。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;大姉となった(亡くなった)人に捧げる歌。

 

作者;在原業平

 

 

白玉のように美しい

かつて愛した人が亡くなりました。

 

(過去に彼女を連れて逃げたのですが)

 

「一緒にいるのは白玉(=彼女)か?他の誰かか?」と

人(=女の家の者)に尋問されたとき、

 

「(彼女のことは)全然、知らないよ〜」と

(ごまかして)答えて

 

儚く消える露のように

(ふたりで)姿を消して

逃げてしまえたらよかったのに。

 

(あのとき、

ごまかして逃げ切ることができませんでした…。)

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

この歌は『伊勢物語』に収録されています。

『伊勢物語』では、女と逢い引きしようとしたが

見つかってしまい、女は家の者に連れ戻された…

(死んではいない)というニュアンスです。

 

『新古今和歌集』では、

「哀傷歌」のこの位置に収められていることからも

「その恋人が亡くなった」ことを言っているように

読み取れます。

 

「つゆ」は、

「水滴。露。儚さ。涙。」など複数の意味がありますが、

『伊勢物語』の文脈から考えると、

「つゆ:(下に打消の表現を伴って)少しも(〜ない)。全然(〜ない)。」

を採用するのが合うと思います。

歌の中では下に打消を伴ってはいませんが、

「露と答えて」は、「つゆ(知らず)と答えて」と

いうことでしょう。

 

在原業平:825年〜880年5月28日(享年56)。

平城天皇の孫。

六歌仙。三十六歌仙。

美男の代名詞で、

『伊勢物語』は、業平の物語だとされてきた。

 

だいし:大姉。大師。

 

しらたま:白色の美しい玉。愛人や愛児に例える。真珠。

 

なにぞ:何であるか。何か。なぜ。どうして。

 

ひと:人間。世間の人。大人。立派な人。人柄。性質。身分。他人。あの人。従者。あなた。

 

とふ:尋ねる。聞く。様子や安否を尋ねる。問いただす。詰問する。訪問する。見舞う。弔う。弔問する。

とぶ:空中を舞う。飛び上がる。跳躍する。走る。

 

つゆ:水滴。露。わずかのこと。少しのこと。儚さ。もろさ。涙。袖括りの紐の先。わずかに。ちょっと。

つゆ:(下に打消の表現を伴って)少しも(〜ない)。全然(〜ない)。

 

こたふ:返答する。答える。反応する。応じる。反響する。強く感じる。心にしみる。身に沁みる。

 

く:消える。

 

なまし:生だ。新鮮だ。生々しい。未熟だ。不十分だ。

なまし:きっと〜ただろうに。きっと〜てしまうだろう。〜てしまおうか。

 

ものを:〜のに。〜ものの。〜けれど。〜ので。〜だなあ。〜のになあ。〜ものだなあ。

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

『伊勢物語六』には、

男が女を連れて逃げる途中、芥川という川のほとりで、

女が草の上の露を見て、「かれは何ぞ」と問いかけたが、

その女を鬼が食ってしまった。それを悲しんで詠んだ歌。