《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》
848
通(かよ)ひける女、
山里(やまざと)にてはかなくなりにければ、
つれづれと籠(こも)りゐて侍りけるが、
あからさまに京(きやう)へまかりて、
暁(あかつき)帰るに、
「鳥鳴きぬ」と人々急(いそ)がし侍りければ
左京大夫顕輔(さきやうのだいぶあきすけ)
いつの間(ま)に身を山賤(やまがつ)となし果てて都を旅と思ふなるらん
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
通っていた女が、山里で亡くなってしまったので、
しみじみと寂しく籠って過ごしていましたが、
ちょっと京へ出かけて、暁に帰るに際して、
「もう鶏が鳴いた」と人々が急がせましたので
左京大夫顕輔
わたしは、いつの間に、
身を山賤としてしまって、
自分の家のある都を、
旅先の地と思うようになっているのであろうか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;通っていた(恋人だった)女性が、
山里で亡くなってしまいました。
孤独を感じ、物思いに沈んで、
その山里にこもっていましたが、
突然に少しだけ都に赴きました。
明け方に帰ろうとした時、
「夜明けを告げる鳥が鳴きましたよ」と
人々が急がせたので、歌を詠みました。
作者;藤原顕輔
私はいつの間に
この身の上を
山里に住む身分の低い人にしてしまったのだろう。
長らく山里にこもっていたので
逆に
都が旅する地となってしまったようだよ。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
藤原顕輔:1090年〜1155年5月7日(享年66)。
1139年1月から左京大夫。
鳥羽天皇、崇徳天皇、近衛天皇に仕えた。
『詞花和歌集』の撰者。
かよふ:行き来する。往来する。男が恋愛関係にある女の家に何度も行く。物事を詳しく知っている。通じている。互いに共通点がある。似通う。気持ちや言葉が相手に通じる。交わる。交差する。入り混じる。
つれづれ:何もすることがなく退屈な気持ち。所在なく手持ちぶさたなこと。孤独でもの寂しい気持ち。寂しく物思いに沈むこと。つくづく。しみじみ。よくよく。
こもりゐる:(家や部屋に)引きこもっている。じっと閉じこもる。祈願のために寺社にこもる。山籠する。
こもる:包まれている。囲まれている。ひそむ。隠れ住む。閉じこもる。引きこもる。神社や寺に泊まって祈願する。
こもる:子+もる
あからさま:急だ。突然だ。ちょっとだ。ほんのしばらくだ。明白だ。はっきりしている。(「あからさまにも」+打消で)ほんの少しも。まったく。
いつ:どの時。いつ。いつも。ふだん。
いつ:凍りつく。こおる。いてつく。氷がはる。
いづ:出る。現れる。出発する。人に知られる。離れる。逃れる。
ま:目。隙間。暇。部屋。
み:美しい。立派な。
み:からだ。身分。身の上。自分自身。命。本体。中身。
やま:山岳。比叡山。築山。墓地。天皇の陵。多く積み重なっていること。憧れたり仰ぎ見たりするもの。物事の絶頂。
やまがつ:木こりや猟師など、山里に住む身分の低い人。木こりや猟師などが住む家。粗末な家。
なし:亡し。無し。
なす:お休みになる。寝かせる。
なす:行う。する。作る。他のものに変える。任じる。
なす:鳴らす。
はつ:終わる。尽きる。死ぬ。亡くなる。すっかり〜する。
みやこ:皇居のある所。
みやこ:宮の子。
たび:旅。
だび:荼毘。
おもふ:思う。考える。思案する。愛しく思う。恋をする。懐かしく思う。回想する。望む。願う。希望する。心配する。悩む。嘆く。苦しく思う。予想する。〜そうな顔をする。
おもひ:思うこと。考え。希望。願望。願い。心配、悲しみなどの気持ち。もの思い。恋い慕う気持ち。思慕。愛情。予想。想像。喪中。喪に服すること。
なるらむ:〜であるだろう。〜であるのだろう。
なる:生まれ出る。生じる。実ができる。実る。
なる:成立する。成就する。変わる。変化する。落ちぶれる。達する。おいでになる。おなりになる。おでましになる。
なる:衣服が体に馴染む。よれよれになる。着古す。使い古す。くたびれる。
なる:生計をたてる。営む。
なる:慣れる。習慣になる。慣れ親しむ。打ち解ける。なじむ。
らん:今ごろは〜ているだろう。どうして〜のだろう。〜とかいう。〜ような。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
顕輔集
続詞花集