《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

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通(かよ)ひける女、

山里(やまざと)にてはかなくなりにければ、

つれづれと籠(こも)りゐて侍りけるが、

あからさまに京(きやう)へまかりて、

暁(あかつき)帰るに、

「鳥鳴きぬ」と人々急(いそ)がし侍りければ

左京大夫顕輔(さきやうのだいぶあきすけ)

いつの間(ま)に身を山賤(やまがつ)となし果てて都を旅と思ふなるらん

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

通っていた女が、山里で亡くなってしまったので、

しみじみと寂しく籠って過ごしていましたが、

ちょっと京へ出かけて、暁に帰るに際して、

「もう鶏が鳴いた」と人々が急がせましたので

左京大夫顕輔

わたしは、いつの間に、

身を山賤としてしまって、

自分の家のある都を、

旅先の地と思うようになっているのであろうか。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;通っていた(恋人だった)女性が、

山里で亡くなってしまいました。

孤独を感じ、物思いに沈んで、

その山里にこもっていましたが、

突然に少しだけ都に赴きました。

明け方に帰ろうとした時、

「夜明けを告げる鳥が鳴きましたよ」と

人々が急がせたので、歌を詠みました。

 

作者;藤原顕輔

 

 

私はいつの間に

この身の上を

山里に住む身分の低い人にしてしまったのだろう。

 

長らく山里にこもっていたので

逆に

都が旅する地となってしまったようだよ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

藤原顕輔:1090年〜1155年5月7日(享年66)。

1139年1月から左京大夫。

鳥羽天皇、崇徳天皇、近衛天皇に仕えた。

『詞花和歌集』の撰者。

 

かよふ:行き来する。往来する。男が恋愛関係にある女の家に何度も行く。物事を詳しく知っている。通じている。互いに共通点がある。似通う。気持ちや言葉が相手に通じる。交わる。交差する。入り混じる。

 

つれづれ:何もすることがなく退屈な気持ち。所在なく手持ちぶさたなこと。孤独でもの寂しい気持ち。寂しく物思いに沈むこと。つくづく。しみじみ。よくよく。

 

こもりゐる:(家や部屋に)引きこもっている。じっと閉じこもる。祈願のために寺社にこもる。山籠する。

 

こもる:包まれている。囲まれている。ひそむ。隠れ住む。閉じこもる。引きこもる。神社や寺に泊まって祈願する。

こもる:子+もる

 

あからさま:急だ。突然だ。ちょっとだ。ほんのしばらくだ。明白だ。はっきりしている。(「あからさまにも」+打消で)ほんの少しも。まったく。

 

いつ:どの時。いつ。いつも。ふだん。

いつ:凍りつく。こおる。いてつく。氷がはる。

いづ:出る。現れる。出発する。人に知られる。離れる。逃れる。

 

ま:目。隙間。暇。部屋。

 

み:美しい。立派な。

み:からだ。身分。身の上。自分自身。命。本体。中身。

 

やま:山岳。比叡山。築山。墓地。天皇の陵。多く積み重なっていること。憧れたり仰ぎ見たりするもの。物事の絶頂。

 

やまがつ:木こりや猟師など、山里に住む身分の低い人。木こりや猟師などが住む家。粗末な家。

 

なし:亡し。無し。

 

なす:お休みになる。寝かせる。

なす:行う。する。作る。他のものに変える。任じる。

なす:鳴らす。

 

はつ:終わる。尽きる。死ぬ。亡くなる。すっかり〜する。

 

みやこ:皇居のある所。

みやこ:宮の子。

 

たび:旅。

だび:荼毘。

 

おもふ:思う。考える。思案する。愛しく思う。恋をする。懐かしく思う。回想する。望む。願う。希望する。心配する。悩む。嘆く。苦しく思う。予想する。〜そうな顔をする。

 

おもひ:思うこと。考え。希望。願望。願い。心配、悲しみなどの気持ち。もの思い。恋い慕う気持ち。思慕。愛情。予想。想像。喪中。喪に服すること。

 

なるらむ:〜であるだろう。〜であるのだろう。

 

なる:生まれ出る。生じる。実ができる。実る。

なる:成立する。成就する。変わる。変化する。落ちぶれる。達する。おいでになる。おなりになる。おでましになる。

なる:衣服が体に馴染む。よれよれになる。着古す。使い古す。くたびれる。

なる:生計をたてる。営む。

なる:慣れる。習慣になる。慣れ親しむ。打ち解ける。なじむ。

 

らん:今ごろは〜ているだろう。どうして〜のだろう。〜とかいう。〜ような。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

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続詞花集