《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》
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子の身まかりにける次の年の夏、
かの家にまかりたりけるに、
花橘(はなたちばな)の薫(かを)りければよめる
祝部成仲(はふりべのなりなか)
あらざらん後(のち)しのべとや袖の香(か)を花橘にとどめ置きけん
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
子が亡くなってしまった次の年の夏、
その家に行っていたところ、
花橘がかおったので詠んだ歌
祝部成仲
死んだのちに思い慕えというので、
袖の薫香の香を、花橘にとどめて置いたのであろうか。
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✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;(ある人が)子どもを亡くされました。
翌年の夏、
その人の家に訪ねて行きましたら、
花橘の香りが薫っていたので
歌を詠みました。
作者;祝部成仲
(この世を離れて逝った子は)
死後に(両親が)
悲しみの感情をこらえるため、
また、
懐かしく思い慕うためといって
生前の袖の香りを
橘の花の香りに
あらかじめ残しておいたのだろうね。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
橘は、和歌で
「昔を思い出すよすが」として使われる植物。
祝部成仲(はふりべのなりなか):1099年〜1191年(享年93)。
神職。歌人。
1188年5月、九十の賀。
ある:生まれる。出現する。
ある:荒々しくなる。荒廃する。すさむ。興ざめする。
ある:遠のく。離れる。
あり:存在する。いる。ある。生きている。その場にいる。居合わせる。時間が過ぎる。経過する。栄えて暮らす。優れている。良いところがある。
あらず:そうではない。ない。いや、そうではない。いいえ。
ざらむ:〜ないだろう。〜ないような。〜まい。
あらし:荒々しい風。
あらし:勢いよく激しい。荒い。荒れてけわしい。乱暴だ。
あらし:きめが粗い。粗雑である。
のち:あと。以後。次。将来。未来。子孫。末裔。死後。来世。のちの世。
しのぶ:人目につかないようにする。隠す。秘密にする。感情を抑えてたえる。気持ちをこらえる。我慢する。
しのぶ:思い慕う。恋い慕う。懐かしく思う。美しさや素晴らしさをほめたたえる。賛美する。
しのぶ;恋心の乱れ。
死+のぶる
のぶ:長くなる。伸びる。広がる。期日が伸びる。延期になる。逃げ延びる。気持ちがのびのびする。ゆったりする。
そで:袖。
か:香り。におい。
たちばな:橘。初夏に香りの高い白い花をつけ、冬に黄色の果実が実る。和歌では多く「ほととぎす」と取り合わされ、昔を思い出すよすがとして使われた。
たつ:足で立つ。現れる。立ち上る。飛び立つ。出発する。はっきりと見える。時間が過ぎる。高く響く。評判になる。乗り物が止まっている。位につく。切れる。さえる。けんかをする。設ける。設置する。
たつ:切り離す。断ち切る。習慣をやめる。裁断する。
はなつ:手放す。自由にする。逃がす。あける。開け放つ。発する。射る。火をつける。除外する。追放する。流罪にする。解任する。
はなる:遠ざかる。隔たる。関係がなくなる。縁がきれる。離別する。逃げる。免官となる。俗世間を離れる。ひらく。開け放される。
とどむ:止める。とどめる。制止する。引き止める。中止する。取りやめる。注意を向ける。後に残す。
おく:起き上がる。立ち上がる。目覚める。寝ないで起きている。
おく:露や霜がおりる。置く。据える。設置する。さしおく。ほおっておく。間隔をおく。隔てる。あらかじめ〜する。
おき:沖。心の奥底で。
おき:赤くおこった炭火。薪などが燃え終わり、炭火のようになったもの。
けむ:〜ただろう。〜たのだろう。〜たのだろうか。どうして〜たのだろうか。〜たとかいう。〜たとか聞く。〜たような。〜たという。