《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

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前参議教長(さきのさんぎのりなが)、

高野(かうや)に籠(こも)りゐて侍りけるが、

病(やまひ)限りになり侍りぬと聞きて、

頼輔卿(よりすけきやう)まかりけるほどに、

身(み)まかりぬと聞きて、遣はしける

寂蓮法師

尋ね来ていかにあはれとながむらん跡(あと)なき山の峰の白雲(しらくも)

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

前参議教長が、高野に籠っていたのですが、

病重く、危篤になってしまったと聞きまして、

頼輔卿が見舞いに下って行きました間に、

亡くなってしまったと聞きまして、

詠み贈りました歌

寂蓮法師

高野に尋ねてきて、

どんなに悲しいものと見入っていられることでしょうか。

兄君が亡くなられて、

跡もとどめていられない山の峰の白雲を。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;藤原教長が高野に籠っておられましたが、

病気が重く、危篤状態になってしまわれたと聞きました。

頼輔(教長の弟)が(高野に)会いに行かれましたが、

亡くなってしまわれたと聞きました。

そこで、歌を詠んで持って行ってもらいました。

 

作者;寂蓮法師

 

 

(病気で危篤となったお兄さまを、

高野山に)

訪問されましたが

(亡くなってしまわれたのですね。)

 

私は

あなたのことを

どんなに

気の毒で可哀想だと思ったことでしょう。

 

遠くを見渡して思いにふけり、

長雨が降るように

涙を流し続けております。

 

お兄様の形跡がなくなったあとの

高野山の高い峰には

白雲がかかっています。

 

白雲のように見える火葬の煙が

お兄さま亡きあとの

心の憂いを現しているように見えますよ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

寂蓮法師:1139(?)〜1202年7月20日(享年64?)

俗名は藤原定長。

1150年、叔父、藤原俊成の養子になる。

30代で出家。

1201年、『新古今和歌集』の撰者となるが、

翌年、完成を見ずに没した。

 

藤原教長:1109年〜没年不詳。

鳥羽天皇、崇徳天皇、近衛天皇、後白河天皇に仕えた。

崇徳朝の代表的歌人。

父は、藤原忠教。頼輔は弟。

1156年、保元の乱に崇徳院の挙兵に参加し、敗れて出家。

常陸国(茨城県)に配流六年、都に召還される。

晩年、高野山にて逝去。

 

藤原(難波)頼輔:1112〜1186年4月5日(享年75)

父は、藤原忠教。

 

たづぬ:探し求める。追い求める。究明する。人に聞く。問いただす。質問する。訪問する。

 

いかに:どのように。どう。なぜ。なんとまあ。どんなにか。どんなに〜でも。もしもし。なんと。

 

あはれ:しみじみと心を動かされる。感慨深い。しみじみとした風情がある。情がこまやかだ。情が深い。愛情が豊かだ。いとしい。かわいい。素敵だ。関心だ。立派だ。悲しい。寂しい。気の毒だ。かわいそうだ。尊い。ありがたい。しみじみとした感動・情趣・風情。悲しさ。寂しさ。哀愁。愛情。人情。

 

ながむ:もの思いにふける。ぼんやりと見やる。遠方を見渡す。遠くを見る。

ながむ:口ずさむ。詩歌をつくる。

ながめ:長雨。

 

らむ:今ごろは〜ているだろう。どうして〜のだろう。〜とかいう。〜ような。

 

あと:後ろ。後方。背後。のち。以後。死後。

あと:足の方。足元。足跡。往来。行く先。行方。形跡。痕跡。遺跡。先例。しきたり。手本。筆跡。筆のあと。家の跡継ぎ。形見。

 

なき:亡き。鳴き。泣き。無き。

 

やむ:中断する。絶える。止まる。中止になる。病気が治る。死ぬ。命が終わる。止める。とめる。終わりにする。病気を治す。

やむ:病気になる。患う。

 

やま:山岳。比叡山。築山。墓地。天皇の陵。多く積み重なっていること。憧れたり仰ぎ見たりするもの。物事の絶頂。重要な段階。

 

みね:山のいただき。物の高くなっている部分。

 

しらくも:白雲

しらく:白くなる。興ざめがする。気分がそがれる。しらける。具合が悪くなる。きまりが悪くなる。気まずくなる。打ち明ける。明白にする。

しらぐ:たたく。むちうつ。

しらぐ:精米する。仕上げる。よりよくする。

くも:空の雲。雲のように見えるもの。心が晴れないことや心の憂い。うっとおしいこと。火葬の煙。死ぬことのたとえ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

寂蓮法師集

 

頼輔の返歌は、

「尋ね来てむなしき空をながめても雲となりにし人をしぞ思ふ」

(寂蓮法師集)