《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》
826
通(かよ)ひける女のはかなくなり侍りけるころ、
書き置きたる文(ふみ)ども、
経(きやう)の料紙(れうし)になさんとて、
取り出(い)でて見(み)侍りけるに
按察使公通(あぜちのきんみち)
書きとむる言(こと)の葉(は)のみぞ水茎(みづぐき)の流れてとまる形見(かたみ)なりける
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
通っていた女が亡くなりましたころ、
書き残して置いた手紙を、
写経の用紙にしようと思って、
取り出して見ていました時に
按察使公通
女の書きとどめて置いた言葉だけが、
筆跡として、
後々まで長くとどまる形見であることだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;妻として通っていた女性が
命儚く亡くなってしまいました。
彼女が書き置いていた手紙などを
写経の用紙に使おうと思って
取り出して見ていた時に詠みました歌
作者;按察使公通(藤原公通)
亡き妻が書き留めた手紙に
記された文字だけが
形見となりました。
流れるように記された
彼女の筆跡が
(ある部分で)
止まっています。
彼女の筆が止まったとき、
彼女の命も止まりました。
見慣れた彼女の筆の跡を見ていると
私の目から
涙が流れ落ちるばかりです。
お互いに書き交わしていた手紙の
この筆跡だけが
形見となってしまい、
ただひたすら頭を垂れて
神仏に祈るばかりです。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
按察使公通:藤原公通:
1117年〜1173年9月9日または4月9日(享年57)。
1162年1月27日〜按察使。
妻は、藤原通基の娘。
按察使とは、地方行政を監督する官職。
かく:馬に乗って走る。
かく:破損する。傷つく。不足する。抜かす。もらす。おろそかにする。
かく:肩にのせて運ぶ。かつぐ。
かく:こちらから〜する。〜しかける。〜仕向ける。
かく:吊り下げる。ひっかける。関係する。二つの地点をつなぐ。橋などをかけわたす。思いをかける。覆う。かぶせる。水などを浴びせかける。兼任する。対比する。話しかける。情愛をそそぐ。思いをかける。火をつける。捕える。だます。ある期間にわたる。大切なものを託す。目標にする。関係づける。
かく:こする。ひっかく。つまびく。髪をとかす。刃物で切り取る。引っ掻くようにつかまる。とりすがる。食べ物をかきこむ。
とむ:行かせないようにする。進ませない。止める。制止する。後に残す。とどめる。停泊させる。宿泊させる。
とむ:たずね求める。さがす。
ことのは:言葉。和歌。
こと:言葉。言語。うわさ。評判。便り。消息。和歌。
こと:行為。動作。ふるまい。行事。仏事。儀式。仕事。任務。政務。出来事。現象。一大事。事件。重大なこと。事情。わけ。意味。様子。ありさま。食事。〜すること。
こと:別のもの。違うもの。
こと:琴。琴の演奏。
こと:違っている。異なっている。格別だ。特別だ。格別に優れている。
は:羽。羽毛。翼。矢羽。
は:はし。へり。ふち。
のみ:〜だけ。〜ばかり。とりわけ。特に。ただもう〜する。ひたすら〜である。〜するばかり。
のむ:頭を垂れて祈る。懇願する。
みづぐき:筆跡。手紙。筆。
みつく:見慣れる。なじむ。見つける。発見する。探し出す。
みつぐ:見守り続ける。見届ける。手助けする。援助する。
みづく:水に浸かる。
ながる:流れる。漂っていく。流れていく。涙が流れ落ちる。雨が降る。時が過ぎる。伝わっていく。流布する。めぐる。生きながらえる。流罪になる。左遷される。
とま:むしろのように編んで、舟や屋根の覆いにしたもの。
とまり:最後。果て。本妻。船着場。宿泊地。泊まる客。
とまる:動かなくなる。立ち止まる。中止になる。取りやめになる。後に残る。生き残る。引きつけられる。印象付けられる。船が停泊する。宿泊する。
かたみ:遺品。記念。
かたみに:互いに。かわるがわる。
なる:生まれ出る。生じる。実がなる。実る。
なる:成立する。成就する。変わる。変化する。落ちぶれる。時や場所に達する。おいでになる。おでましになる。
なる:よれよれになる。着古す。使い古す。くたびれる。
なる:営む。
なる:慣れる。慣れ親しむ。うちとける。なじむ。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
続詞花集