《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

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通(かよ)ひける女のはかなくなり侍りけるころ、

書き置きたる文(ふみ)ども、

経(きやう)の料紙(れうし)になさんとて、

取り出(い)でて見(み)侍りけるに

按察使公通(あぜちのきんみち)

書きとむる言(こと)の葉(は)のみぞ水茎(みづぐき)の流れてとまる形見(かたみ)なりける

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

通っていた女が亡くなりましたころ、

書き残して置いた手紙を、

写経の用紙にしようと思って、

取り出して見ていました時に

按察使公通

女の書きとどめて置いた言葉だけが、

筆跡として、

後々まで長くとどまる形見であることだ。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;妻として通っていた女性が

命儚く亡くなってしまいました。

彼女が書き置いていた手紙などを

写経の用紙に使おうと思って

取り出して見ていた時に詠みました歌

 

作者;按察使公通(藤原公通)

 

 

亡き妻が書き留めた手紙に

記された文字だけが

形見となりました。

 

流れるように記された

彼女の筆跡が

(ある部分で)

止まっています。

 

彼女の筆が止まったとき、

彼女の命も止まりました。

 

見慣れた彼女の筆の跡を見ていると

私の目から

涙が流れ落ちるばかりです。

 

お互いに書き交わしていた手紙の

この筆跡だけが

形見となってしまい、

 

ただひたすら頭を垂れて

神仏に祈るばかりです。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

按察使公通:藤原公通:

1117年〜1173年9月9日または4月9日(享年57)。

1162年1月27日〜按察使。

妻は、藤原通基の娘。

按察使とは、地方行政を監督する官職。

 

 

かく:馬に乗って走る。

かく:破損する。傷つく。不足する。抜かす。もらす。おろそかにする。

かく:肩にのせて運ぶ。かつぐ。

かく:こちらから〜する。〜しかける。〜仕向ける。

かく:吊り下げる。ひっかける。関係する。二つの地点をつなぐ。橋などをかけわたす。思いをかける。覆う。かぶせる。水などを浴びせかける。兼任する。対比する。話しかける。情愛をそそぐ。思いをかける。火をつける。捕える。だます。ある期間にわたる。大切なものを託す。目標にする。関係づける。

かく:こする。ひっかく。つまびく。髪をとかす。刃物で切り取る。引っ掻くようにつかまる。とりすがる。食べ物をかきこむ。

 

とむ:行かせないようにする。進ませない。止める。制止する。後に残す。とどめる。停泊させる。宿泊させる。

 

とむ:たずね求める。さがす。

 

ことのは:言葉。和歌。

 

こと:言葉。言語。うわさ。評判。便り。消息。和歌。

こと:行為。動作。ふるまい。行事。仏事。儀式。仕事。任務。政務。出来事。現象。一大事。事件。重大なこと。事情。わけ。意味。様子。ありさま。食事。〜すること。

こと:別のもの。違うもの。

こと:琴。琴の演奏。

こと:違っている。異なっている。格別だ。特別だ。格別に優れている。

 

は:羽。羽毛。翼。矢羽。

は:はし。へり。ふち。

 

のみ:〜だけ。〜ばかり。とりわけ。特に。ただもう〜する。ひたすら〜である。〜するばかり。

 

のむ:頭を垂れて祈る。懇願する。

 

みづぐき:筆跡。手紙。筆。

みつく:見慣れる。なじむ。見つける。発見する。探し出す。

みつぐ:見守り続ける。見届ける。手助けする。援助する。

みづく:水に浸かる。

 

ながる:流れる。漂っていく。流れていく。涙が流れ落ちる。雨が降る。時が過ぎる。伝わっていく。流布する。めぐる。生きながらえる。流罪になる。左遷される。

 

とま:むしろのように編んで、舟や屋根の覆いにしたもの。

 

とまり:最後。果て。本妻。船着場。宿泊地。泊まる客。

とまる:動かなくなる。立ち止まる。中止になる。取りやめになる。後に残る。生き残る。引きつけられる。印象付けられる。船が停泊する。宿泊する。

 

かたみ:遺品。記念。

かたみに:互いに。かわるがわる。

 

なる:生まれ出る。生じる。実がなる。実る。

なる:成立する。成就する。変わる。変化する。落ちぶれる。時や場所に達する。おいでになる。おでましになる。

なる:よれよれになる。着古す。使い古す。くたびれる。

なる:営む。

なる:慣れる。慣れ親しむ。うちとける。なじむ。

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

続詞花集