《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

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後朱雀院かくれ給ひて、

源三位(げんさんみ)がもとに遣はしける

弁乳母(べんのめのと)

あはれ君いかなる野べの煙(けぶり)にてむなしき空の雲となりけん

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

後朱雀院が亡くなられて、

源三位のもとに詠み贈った歌

弁乳母

ああ、帝は、どういう野辺の火葬の煙で、

虚空の雲となられたのでしょうか。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;1045年1月18日に

後朱雀天皇が崩御されました。

源三位(後朱雀天皇の乳母)のところに

歌を詠んで、持って行ってもらいました。

 

作者;弁乳母(後朱雀天皇の皇后の乳母)

 

 

お気の毒で悲しいことに

後朱雀天皇は

(肩の悪性腫瘍のため)

崩御されました。

 

あなた(源三位)様は、

乳母として

後朱雀天皇を

愛情豊かに

可愛がっていらっしゃいました。

 

悲しみ、

寂しさの気持ちは

いかほどかと存じます。

 

1月(=春)に亡くなった

後朱雀天皇の魂は

野辺に広がる春霞のように

 

火葬の煙となって

雲のように

儚く消えてしまわれました。

 

天皇は

どのような春霞と一緒になって

空(天国)に昇っていかれたのでしょう。

 

春霞も

空の雲も

火葬の煙も

儚く消えてしまうもの。

 

源三位様は

涙でぼやけて

暗い気持ちになっておられることでしょう。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

この歌の詞書に登場する「源三位」は、

「後朱雀天皇の乳母」ですが、

彼女の詳細は不明です。

 

「源三位」について調べようとすると、

「源頼政」の情報がまず、出てます。

源頼政は、この歌が言っている内容と

生没年が合わないので、名前は同じでも別人です。

取り違えないよう注意が必要な人名です。

 

弁乳母(べんのめのと):生没年不詳。

1013年〜禎子(ていし・さだこ)内親王

(後朱雀天皇の皇后・三条天皇皇女)の乳母。

江侍従や周防内侍らと親交があった。

1078年、内裏歌合への出詠が現存作品の最後。

 

後朱雀天皇:1009年11月25日〜1045年1月18日(享年37)。

在位:1036年4月17日〜1045年1月16日。

一条天皇の第三皇子。

母は、藤原彰子(藤原道長の娘)。

病(肩の悪性腫瘍)により崩御。

後冷泉天皇、後三条天皇の父帝。

 

源三位:詳細不明。

後朱雀天皇の乳母。

 

源三位:源頼政:1104年〜1180年5月26日(享年77)。

鳥羽院、二条天皇、六条天皇、高倉天皇に仕えた。

美福門院(藤原得子)や藤原家成らと交流があった。

1178年12月24日〜従三位(高倉天皇の御代)

1179年11月28日〜出家

 

あはれ:しみじみと心を動かされる。感慨深い。しみじみとした風情がある。情がこまやかだ。情が深い。愛情が豊かだ。いとしい。かわいい。素敵だ。関心だ。立派だ。悲しい。寂しい。気の毒だ。かわいそうだ。尊い。ありがたい。しみじみとした感動・情趣・風情。悲しさ。寂しさ。哀愁。愛情。人情。

 

きみ:香りと味。風味。味わい。趣。気持ち。気分。

きみ:君主。天子。天皇。主人。主君。(貴人に対して)お方。遊女。あなた。

 

いかなる:どのような。どういう。

 

いか:衣類をかける道具。

いか:五十日。

いか:どうだ。どのようだ。どういうわけだ。

 

のべ:野の辺り。野原。

 

のぶ:長くする。広げる。のばす。延期する。気持ちのびのびさせる。ゆったりさせる。

べ:〜のあたり。

 

けぶり:煙。火葬の煙。死。かまどの煙。暮らし。水蒸気、ほこり、霞など。草木の新芽。苦しみ。苦悩。

けぶる:煙が立ち昇る。ほんのりと霞んで見える。ほんのりと美しく見える。火葬にされて煙になる。

 

にて:〜で。〜において。〜によって。〜を用いて。〜により。〜として。〜で。

 

むなし:からだ。空っぽだ。死んでいる。魂がない。無情だ。儚い。頼りない。無益だ。無駄だ。甲斐がない。事実無根だ。

 

そら:空。天空。天候。方向。場所。気持ち。心境。心細く不安な気持ち。あたりの雰囲気。たたずまい。

 

そらに:うつろな気持ちだ。うわのそらだ。気もそぞろだ。落ち着かない。根拠がない。よりどころがない。いいかげんだ。はかない。むなしい。かいがない。暗記して。何も見ないで。足元がおぼつかない。

 

くもる:雲が空を覆う。光や色がはっきりしなくなる。艶がなくなる。くすむ。涙でぼやける。暗い気持ちになる。心がふさぐ。心が晴れない。

くも:空の雲。雲のように見えるもの。心が晴れないこと。心の憂い。うっとおしいこと。火葬の煙。死ぬこと。

 

なり:〜の音(声)が聞こえる。〜ようだ。〜らしい。〜とかいう。〜そうだ。〜ようだ。

なり:職業。

なり:かたち。形状。格好。身なり。服装。様子。ありさま。

 

なる:生まれる。生じる。実をむすぶ。

なる:成立する。成就する。変わる。落ちぶれる。達する。おいでになる。

なる:衣服が体に馴染む。よれよれになる。使い古す。くたびれる。

なる:慣れる。習慣になる。慣れ親しむ。うちとける。なじむ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

弁乳母集

『栄花物語』に第三句「霞にて」。)p