《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

817

上東門院小少将(こせうしやう)身まかりて後、

常にうち解(と)けて書き交(かは)しける文(ふみ)の、

ものの中に侍りけるを見出(みい)でて、

加賀少納言(かがのせうなごん)がもとに遣はしける

紫式部

たれか世に長らへて見ん書きとめし跡(あと)は消えせぬ形見(かたみ)なれども

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

上東門院の小少将が亡くなってのち、

いつもうち解けて書き交わしていた手紙の、

ものの中にありましたのを見つけて、

加賀少納言のもとに贈りました時の歌

紫式部

誰が、世に生き長らえていて、見ることでしょうか。

書きとどめた筆跡は、いつまでも消えないで残る、

その人の形見なのですが。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;上東門院の小少将(上東門院に仕えた女房)が

亡くなりました。

彼女の死後、常日頃、打ち解けて書き交わしていた手紙が

持ち物の中にありました。

それを見つけて、加賀少納言のもとに

この歌と共に贈りました。

 

作者;紫式部

 

 

(親しくしていた人の

手紙が見つかりましたが)

 

誰が

この世でずっと長生きをして

(いつまでも懐かしく故人を想って)

この手紙を見るだろうか。

 

手紙に書き留められた筆跡は

後世まで残り、

消えてなくなることがない形見ではあるが。

 

(遺品は消えなくても

いつかは

誰もこの手紙を見なくなるし

忘れられていくのでしょうね。)

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

次の歌(818番)と合わせてよむと

会話が繋がります。

 

紫式部:生没年不詳。973年〜1031年という説がある。

中古三十六歌仙。女房三十六歌仙。

1006年〜1012年頃、一条天皇の中宮、藤原彰子に仕えた。

 

上東門院小少将:982年頃〜1018年頃(享年37?)。

源扶義の養女。

上東門院(藤原彰子)の女房。

紫式部とは親友で、土御門邸の東北の渡殿にあった

局の隔てを取り払って共有していたと

『紫式部日記』にある。

 

加賀少納言:詳細不明。

藤原為盛(ためもり)の娘という説がある。

 

つねに:いつも。ふだん。いつまでも。永久に。

 

とく:話してわからせる。説明する。

 

うちとく:氷などがとける。くつろぐ。安心する。男女が慣れ親しむ。隔てがなくなる。うちとける。油断する。気が緩む。紐の結び目などをほどく。解く。解き放つ。

 

ふみ:文書。手紙。漢文。

ふむ:足で押さえる。踏みつける。踏み歩く。歩く。行く。その地位につく。昇進する。舞う。演じる。経験する。

 

もの:物体。品物。事情。一般のもの。考えていること。想っていること。話すこと。様子。事態。状況。ある場所。魔物。怨霊。

 

たれか:誰が。誰か。

 

よ:現世。御代。治世。一生。生涯。寿命。世間。俗世間。時節。男女の仲。夫婦の仲。生活。暮らし。

よ:余り。以上。ほか。

よ:私。

よ:夜。

 

なから:半分。半ば。中程。途中。中心。真ん中。

ながら:〜まま。〜ながら。〜つつ。〜のに。〜けれども。〜のとおりに。〜のままに。すっかりそのまま。

 

ながらふ:流れ続ける。降り続ける。

ながらふ:長く続く。長く止まる。長生きする。生きながらえる。

なからひ:人間関係。

 

みる:目にする。見て判断する。対面する。経験する。試みる。夫婦になる。世話をする。

 

み:美しい。立派な。

み:からだ。身分。身の上。自分自身。命。本体。中身。

 

む:〜だろう。〜よう。〜がよい。〜ませんか。〜ような。〜としたら。

 

かく:馬に乗って走る。

かく:破損する。傷つく。不足する。抜かす。もらす。おろそかにする。

かく:肩にのせて運ぶ。かつぐ。

かく:こちらから〜する。〜しかける。〜仕向ける。

かく:吊り下げる。ひっかける。関係する。二つの地点をつなぐ。橋などをかけわたす。思いをかける。覆う。かぶせる。水などを浴びせかける。兼任する。対比する。話しかける。情愛をそそぐ。思いをかける。火をつける。捕える。だます。ある期間にわたる。大切なものを託す。目標にする。関係づける。

かく:こする。ひっかく。つまびく。髪をとかす。刃物で切り取る。引っ掻くようにつかまる。とりすがる。食べ物をかきこむ。

 

とむ:行かせないようにする。進ませない。止める。制止する。後に残す。とどめる。停泊させる。宿泊させる。

 

とむ:たずね求める。さがす。

 

あと:後ろ。後方。背後。のち。以後。死後。

あと:足の方。足元。足跡。往来。行く先。行方。形跡。痕跡。遺跡。先例。しきたり。手本。筆跡。筆のあと。家の跡継ぎ。形見。

 

きえ:帰依する。神仏や高僧などを深く信仰し、その教えに従い、その力に頼ること。

きゆ:形がなくなる。消える。意識がなくなる。失神する。死ぬ。亡くなる。

 

かたみ:遺品。記念。

かたみに:互いに。かわるがわる。

 

かた:方向。方角。場所。部屋。方面。方法。手段。片方。組。ころ。時分。お方。

かた:絵。模様。形跡。痕跡。占いの結果。しきたり。形式。

かた:肩。鳥の翼の付け根部分。

かた:干潟。入り江。

かたし:壊れにくい。固い。厳しい。強い。

かたし:難しい。容易ではない。めったにない。まれである。

 

なれども:〜ではあるが。〜しかし。

 

なる:生まれる。生じる。実ができる。実る。

なる:成立する。成就する。変わる。変化する。落ちぶれる。達する。おいでになる。おでましになる。

なる:衣服が体に馴染む。よれよれになる。使い古す。くたびれる。

なる:生業とする。

なる:慣れる。習慣になる。慣れ親しむ。うちとける。なじむ。

なる:断定。伝聞推定

 

ども:〜が。〜のに。〜けれども。〜てもいつも。〜でも必ず。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

紫式部集