《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

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後一条中宮、かくれ給ひて後(のち)、人の夢に

故郷(ふるさと)にゆく人もがな告げやらん知らぬ山路(やまぢ)にひとりまどふと

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

後一条院の中宮がお隠れになってのち、

人の夢の中で

故郷である現世に帰って行く人がいたらいいなあ。

いたら、告げてやろう。

見知らぬ死出の山道で、わたしひとり迷っていると。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;後一条院の中宮・藤原威子様が亡くなってのち、

私の夢に出てこられたので、

歌を詠みました。

 

作者;作者不詳

(藤原威子の亡霊に、夢で逢った人)

 

 

私(藤原威子)は

 

病気の山を越えることができず

経験したことのない

つらさを味わいました。

 

亡くなって、

冥土に行く山道を

ひとりで歩いています。

 

現世を離れ、

亡くなるとき、

 

一緒に天国に逝く人が

いてくれたらいいのに…。

 

私は

知らない山道で

ひとり迷っています。

 

つらくきびしい山道に

迷い込んだかのように

思われます。

 

私はいま、

ひとり、冥土に向かう山道で

どちらに進んだらいいか

途方に暮れて思い悩んでいるので

 

死出の道に向かう人がいたら

(こういう経験をするということを)

告げ知らせてあげたいのです。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

資料によると、

「作者は後一条院の中宮の亡霊」とのことです。

 

作者は、

夢の中で亡霊に逢い、

メッセージを受け取った人でしょう。

 

後一条天皇:1008年9月11日〜1036年4月17日(享年29)。

在位:1016年1月29日〜1036年4月17日。

一条天皇の第二皇子。

母は、藤原彰子(藤原道長の娘)。

糖尿病により、29歳で崩御。

 

藤原威子(いし・たけこ):999年12月23日〜1036年9月6日(享年38)。

藤原道長の娘。母は、源倫子。

後一条天皇の中宮。

藤原彰子は同母姉。

夫(後一条天皇)の崩御の半年後に、疱瘡で逝去。

 

ふるさと:古都。旧跡。生まれ故郷。古くからの馴染みの土地。もとの住居。自宅。住み慣れた所。

ふる:古くなる。年をとり老いる。昔馴染みである。

ふる:降る。涙が流れ落ちる。

ふる:さわる。触れる。男女が慣れ親しむ。関係する。少し食べる。

ふる:震動する。

ふる:振り動かす。顔を背ける。相手にしない。

ふる:経る。

 

さと:人里。集落。いなか。自宅。生家。実家。養家。俗世間。

さと:さっと。ぱっと。

 

ゆく:赴く。出かける。その場所を離れる。立ち去る。通り過ぎる。通過する。雲や水が流れる。流れ去る。年月が過ぎる。経過する。死ぬ。亡くなる。逝去する。気が晴れる。心が晴れる。満足する。〜続ける。ずっと〜する。しだいに〜していく。

 

いく:どれほど。どれくらい。

いく:生命が永久で生き生きとしているとして褒め称える語。

いく:生きる。生存する。生き長らえる。助かる。花などをいける。

いく:行く。赴く。立ち去る。通り過ぎる。

 

ひと:人間。世間の人。大人。立派な人。人柄。性質。身分。他人。あの人。従者。あなた。

 

もがな:〜であったらなあ。〜てくれたらいいのに。

 

つげやる:知らせてやる。

 

つぐ:知らせる。伝える。告げる。

 

やる:破る。こわす。

やる:行かせる。遠方へ送る。届ける。払い除ける。慰める。

 

らむ:今ごろは〜ているだろう。どうして〜のだろう。〜とかいう。〜ような。

 

む:〜だろう。〜よう。〜がよい。〜ませんか。〜ような。〜としたら。

 

しる:愚かになる。ぼける。ぼんやりとなる。物好きである。いたずら好きである。

しる:理解する。わきまえる。経験する。体験する。世話をする。面倒をみる。交際する。つきあう。分かる。世間に知られている。

しる:統治する。治める。領有する。

 

やま:山岳。比叡山。墓地。天皇の陵。多く積み重なっていること。憧れたりあおぎみたりするもの。物事の絶頂。物事の最も重要な段階。

 

やまぢ:山の道。

 

やむ:中断する。絶える。止まる。中止になる。病気が治る。死ぬ。命が終わる。止める。とめる。終わりにする。病気を治す。

やむ:病気になる。患う。

 

ひとり:ひとり。単身。独身。自然に。ひとりでに。

 

まとふ:巻きつく。絡みつく。身にまとう。着る。

まどふ:迷う。途方にくれる。思い乱れる。思い悩む。動揺する。あわてる。うろたえる。ひどく〜する。はなはだしく〜する。

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

袋草子

 

作者は後一条院の中宮の亡霊。

 

「知らぬ山路」:見知らない山道。死出の山路。死後に行く冥土にあるという険しい山の路。