《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

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右大将通房(みちふさ)身まかりて後、

手習(てなら)ひすさびて侍りける

扇(あふぎ)を見出(みいだ)して、よみ侍りける

土御門右大臣女

手すさびのはかなき跡(あと)と見しかども長き形見になりにけるかな

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

右大臣通房が亡くなってのち、

習字をして慰んでいました扇子を見つけ出しまして、

詠みました歌

土御門右大臣女

手慰みのちょっとした筆跡と見たのだけれど、

長く残る形見になってしまったことよ。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;藤原通房(作者の夫)が

(20歳の若さで)亡くなりました。

彼の死後、

気ままに文字を書く練習をしていた

扇を見つけて、歌を詠みました。

 

作者;土御門右大臣女(源妧子)

 

 

亡くなった夫が生前、

気ままに文字を書く練習をしていた扇を

見つけました。

 

彼の筆跡を見ながら

思い通りにならない、

あっけない、

無常の命だった…と

悲しみの気持ちで見ていました。

 

彼の人生は儚いものでしたが

扇に残った彼の筆跡は

長い間、

彼の形見として慣れ親しむ遺品となりましたよ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

土御門右大臣女:源妧子:1027年〜1108年(享年82)。

藤原通房の正室。

父は、藤原師房。

 

藤原通房(みちふさ):1025年1月10日〜1044年4月24日(享年20)。

父は、藤原頼通。

急病のため20歳で逝去。

 

てならひ:文字を書く練習。習字。和歌などを思いのままに書くこと。その書いたもの。

 

すさぶ:勢いのままことが進む。状態がはなはだしくなる。激しくなる。気の向くままに事を行う。気ままに〜する。慰む。興にまかせて〜する。勢いが衰えてやむ。

 

あふぎ:扇。扇子。うちわ。

 

みいだす:中から外を見る。外を見やる。見つけ出す。見つける。探し出す。目をむいて見る。目をむく。目をみはる。

 

はかなし:思い通りにならない。期待外れだ。心細い。弱々しい。もろい。頼りにならない。あっけない。無常だ。つかの間だ。たいしたことではない。幼い。未熟である。あさはかだ。みすぼらしい。卑しい。

 

はかなし:墓無し

 

かなし:かわいい。いとしい。心惹かれる。おもしろい。すばらしい。みごとに。うまく。切ない。悲しい。気の毒だ。かわいそうだ。貧しい。くやしい。ひどい。残念だ。

 

あと:後ろ。後方。背後。のち。以後。死後。

あと:足の方。足元。足跡。往来。行く先。行方。形跡。痕跡。遺跡。先例。しきたり。手本。筆跡。筆のあと。家の跡継ぎ。形見。

 

みる:目にする。見て判断する。対面する。経験する。試みる。夫婦になる。世話をする。

 

みゆ:見える。目に入る。来る。現れる。思われる。感じられる。見かける。見なれる。人に見せる。人に見られる。人に会う。結婚する。

 

ども:〜が。〜のに。〜けれども。〜てもいつも。〜でも必ず。

 

ながし:(時間的、空間的に)長い。

 

かたみ:遺品。記念。

かたみに:互いに。かわるがわる。

 

なる:生まれる。生じる。実をむすぶ。

なる:成立する。成就する。変わる。落ちぶれる。達する。おいでになる。

なる:衣服が体に馴染む。よれよれになる。使い古す。くたびれる。

なる:慣れる。習慣になる。慣れ親しむ。うちとける。なじむ。