《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

804

枇杷(びは)皇太后宮かくれて後(のち)、

十月(かみなづき)ばかり、

かの宮の人々の中に、たれともなくて、

さし置かせける

相模

神無月(かみなづき)しぐるるころもいかなれや空に過ぎにし秋の宮人(みやびと)

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

枇杷皇太后宮がお亡くなりになってのち、

十月頃、その宮の人々の中に、

誰にとも名ざさないで、遣いの者に置かせた歌

相模

十月の時雨の降る頃も、

涙に濡れる衣がどのようでしょうか。

秋を、悲しみで心もうわの空で過ごしてしまわれた、

皇太后の宮の人々よ。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;1027年9月14日、

枇杷皇太后宮(三条天皇の中宮・藤原妍子)が

亡くなられました。

そののちの10月(神も天皇もいない神無月)頃、

その宮に仕える人々の中に、

「誰に差し上げる歌」などと指名することもなく、

(遣いの人に)置いてこさせた歌

 

作者;相模

 

 

今は

神も天皇もいない神無月。

時雨が降る季節です。

 

妍子(けんし)様に仕えてこられた皆さまには

 

時雨が降るように

衣を

涙に濡らして

喪に服しておられる頃。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

儚くも極楽浄土に逝かれた妍子様。

 

彼女の居られた場所に

空きができて

 

秋の宮に仕えている皆さまは

落ち着かなく、

虚しい気持ちで

過ごしておられることでしょうね。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

相模:生没年不詳。998年頃〜1061年以降か。

中古三十六歌仙。女房三十六歌仙。

10代の頃、橘則長の妻となるが離別。

1020年以前に大江公資の妻となり、「相模」の女房名で呼ばれる。

夫の任地、相模国に随行するが、1025年頃離別。

この頃、藤原定頼と恋愛関係にあった。

一条天皇の第一皇女、脩子(しゅうし)内親王に出仕。

1049年、脩子内親王逝去後、

後朱雀天皇の皇女、祐子内親王に仕えた。

後朱雀天皇、後冷泉天皇の歌壇で活躍した。

 

藤原妍子(けんし):994年3月〜1027年9月14日(享年34)。

三条天皇の女御。

藤原道長の次女。

 

さしおく:置く。そのままにしておく。ほおっておく。

 

かみ:高いところ。上の方。川上。高位の人。天皇。年上。上席。冒頭。以前。昔。前半。

 

かみ:髪の毛。

 

かみ:高いところ。上の方。上流。川上。高位の人。天皇。年上。上座。冒頭。以前。昔。上旬。京都。

 

かみ:神。雷。人間の力を超えたもの。恐ろしいもの。人格化された存在。神社に祀られたもの。祭神。天皇。

 

みな:全部。みんな。すっかり。ことごとく。

 

みなす:見なす。見届ける。世話をする。育て上げる。

 

つき:月。月の光。一か月。

つぎ:後に続く事。次位。劣る事。控えの間。跡継ぎ。世継ぎ。

つく:終わる。果てる。尽きる。なくなる。消え失せる。きわまる。

つく:呼吸する。息を吐く。食べ物をはく。うそをつく。

つく:突く。打ち鳴らす。手で支える。ぬかづく。

つく:築く。

つく:付着させる。体を寄せる。備わる。感情が生まれる。起こす。気にいる。取り憑く。後に従う。味方する。寄り添う。はっきりする。届く。就任する。関して。ちなんで。

 

神無月:十月。神または天皇がいなくなった月。

 

き:樹木。

き:大気。気配。気持ち。気分。元気。気力。

き:忌中。命日。

 

しぐる:時雨が降る。涙に濡れる。涙ぐむ。

 

くれ;なにがし。だれだれ

くる;目がくらむ。涙で目が見えなくなる

くる;日が暮れる。終わる。すぎる

くる;くれる。与える。糸を繰る。

 

ころ:女性や子どもを親しんでいう語。

ころも:衣服。僧服。

 

ころ+も:女性や子どもが喪に服している。

 

いかなる:どのような。どういう。

いかな:どのような。どんなに〜な。(下に打消を伴って)どうしても。どうにも。全然。

 

そら:空。天空。天候。方向。場所。気持ち。心境。心細く不安な気持ち。あたりの雰囲気。たたずまい。

 

そらに:うつろな気持ちだ。うわのそらだ。気もそぞろだ。落ち着かない。根拠がない。よりどころがない。いいかげんだ。はかない。むなしい。かいがない。暗記して。何も見ないで。足元がおぼつかない。

 

すぎ:杉。神木。

 

すぐ:通過する。経過する。暮らす。生活する。終わりになる。超過する。まさる。人が死ぬ。物が消える。

 

にし:西。西風。極楽浄土。

 

あき:7月から9月

あく:閉じていたものが開く。あく。隙間ができる。空間が生じる。時間的に空きができる。官職に欠員が生じる。物忌みなどが終わる、あける。

あく:十分に満足する。飽きる。いやになる。

 

みや:神社。天皇。皇居。離宮。皇族の敬称。

 

みやび:優美。風雅

 

秋の宮人:秋の宮に仕えている人。

「秋の宮」は、「長秋宮(ちょうしゅうきゅう)」の略「秋宮」の訓読で、

皇后・皇太后の宮のこと。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

相模集