《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

802

返し

前大僧正慈円

思ひ出(い)づる折(を)り焚(た)く柴(しば)と聞くからにたぐひ知られぬ夕煙(ゆふけぶり)かな

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

返し

前大僧正慈円

亡き人を思い出された折に、

折って焚かれた柴だとうかがいますので、

その夕煙は、

ほかに類が知られない夕煙だと思うことでございます。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;801番への返歌

 

作者;慈円

 

 

(いま、後鳥羽院は水無瀬離宮に居られ、)

去年亡くなられた尾張局様のことを思い出し、

 

彼女のために香をたき、

小さな柴を折って

燃やしておられるのですね。

 

そのようにお聞きしただけで

 

後鳥羽院が

彼女のことを

 

並ぶものがないほど

寵愛されていたことが

分かります。

 

後鳥羽院が燃やされている

柴やお香から立ち上る煙には

 

これまでにない苦悩や悲しみが

結い込められていることでしょう。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

慈円:1155年4月15日〜1225年9月25日(享年71)。

歴史書「愚管抄」を記した天台宗の僧。

1192年、38歳で天台座主。

九条(藤原)兼実は同母兄。

 

おもひいづ:思い出す。思い起こす。

 

おもふ:思う。考える。思案する。愛しく思う。恋をする。懐かしく思う。回想する。望む。願う。希望する。心配する。悩む。嘆く。苦しく思う。予想する。〜そうな顔をする。

 

おもひ:思うこと。考え。希望。願望。願い。心配、悲しみなどの気持ち。もの思い。恋い慕う気持ち。思慕。愛情。予想。想像。喪中。喪に服すること。

 

いづ:出る。現れる。出発する。人に知られる。離れる。逃れる。

 

をる:波が折り砕ける。寄せ返す。曲げる。折りとる。たおる。折り畳む。折り目をつける。気が挫ける。負ける。

 

をり:その時。その際。場合。機会。季節。時期。

をり:存在する。座っている。〜し続ける。

 

たく:燃やす。香をくゆらす。香をたく。

たく:髪などをかきあげる。束ねる。馬に手綱を操る。舟の櫂や櫓を操る。舟を漕ぐ。

 

しば:小さな雑木。柴。

しば:雑草。

しば:たびたび。しきりに。しばしば。

 

きく:天皇家の象徴。

きくのしたみづ:中国の南陽・甘谷の、菊をひたした水を飲んだ人々が、みな長寿を保ったという故事による。

きく:うまく働く。役に立つ。上手である。優れている。

きく:聞いて知る。聞いて思う。聞き入れる。尋ねる。問う。味や香りを試す。匂いをかぐ。吟味する。

きく:菊。奈良時代、中国から渡来した。平安時代より秋を代表する花のひとつ。襲の色目。菊の花や葉を用いた文様。

 

から:ため。ゆえ。

から:中国、朝鮮半島。

から:外殻。抜け殻。死体。亡骸。

 

からに:〜ので。〜から。〜によって。〜ばかりに。いくら〜でも。たとえ〜といっても。〜やいなや。〜とすぐに。

 

たぐひ:一緒にいる人。同僚。仲間。同じような物事。並ぶもの。同類。類例。同じ境遇の人々。同じ階級に属する人々。

 

たぐひなし:並ぶものがない。比べるものがない。匹敵するものがない。非常に優れている。

 

たぐふ:一緒にいる。並ぶ。寄り添う。一緒に行動する。一緒に行く。伴う。連れ立つ。つり合う。似合う。

 

しる:愚かになる。ぼける。ぼんやりとなる。物好きである。いたずら好きである。

しる:理解する。わきまえる。経験する。体験する。世話をする。面倒をみる。交際する。つきあう。分かる。世間に知られている。

しる:統治する。治める。領有する。

 

ゆふ:夕方。

ゆふ:結ぶ。しばる。ゆわえる。髪を結ぶ。髪を整える。組み立てる。

 

けぶり:煙。火葬の煙。死。かまどの煙。暮らし。水蒸気、ほこり、霞など。草木の新芽。苦しみ。苦悩。

けぶる:煙が立ち昇る。ほんのりと霞んで見える。ほんのりと美しく見える。火葬にされて煙になる。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

家長日記