《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》
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陸奥国(みちのくに)へまかれりけるに、
野中(のなか)に、目にたつさまなる塚(つか)の侍りけるを、
問はせ侍りければ、
「これなん中将の塚と申す」と答へければ、
「中将とはいづれの人ぞ」と問ひ侍りければ、
「実方(さねかた)朝臣のこと」となん申しけるに、
冬のことにて、
霜枯(しもが)れの薄(すすき)ほのぼの見えわたりて、
折(をり)ふしもの悲しうおぼえ侍りければ
西行法師
朽(く)ちもせぬその名ばかりをとどめ置きて枯野(かれの)の薄形見(かたみ)にぞ見る
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
陸奥国へ下っていた時に、野中に、
とくに目立つようすの墓がありましたので、
人に聞かせましたところ、
「これが有名な中将の墓だと申します」と答えましたので、
「中将とはどなたか」と尋ねましたところ、
「実方朝臣のことです」と申しましたが、
冬のことで、霜枯れの薄がほのぼのと見え渡って、
時節がらもの悲しく感じましたので
西行法師
実方中将は、
いつまでも消えないその名だけを残して置いて、
今、枯野の薄を形見として見ることだ。
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✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;陸奥国(東北地方)へ下ったときに、
野原の中に
特に目立って建っているお墓がありました。
人に尋ねさせてみましたら
「この墓は、中将のもの…とのこと」
と答えたので
「中将とは、どちらの中将だろうか」と尋ねました。
すると
「藤原実方朝臣のことです」と申されました。
冬のことだったので、
霜枯れのすすきがほんのりと一面に見えています。
ちょうどその季節や風景と重なって
切なく、悲しく、残念なことだと
物悲しく感じたので、歌を詠みました。
作者;西行法師
(藤原実方朝臣が逝去されてから
かなり長い年月が経過しているのに)
彼の墓だけ
朽ちて壊れることもなく
立派に残っていますね。
(実方朝臣は、
中央にいたのに
陸奥国に左遷されたとの噂があります。)
彼の名は
この墓と同様に
すたれて虚しく終わることもなく
名声や噂話などを後世に残しておいでです。
草木の枯れた冬の野原で
すすきを見て
左遷され、
都から遠く離れた地で
この世を離れて逝かれた
彼の人生に思いを馳せます。
「罪を清めのぞく・汚名を晴らす」の
意味が連想される「すすき」を見て
彼の立派で美しい形見だと思って
枯野を眺めることですよ。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
生没年から判断すると
西行法師がこの歌を詠んだのは
藤原実方が亡くなって何十年もあとのことです。
西行法師は
陸奥国に左遷され、現地で落馬して亡くなったとされる
実方の過去を知っていて、墓前でこの歌を詠んだのでしょう。
西行法師:1118年〜1190年2月16日(享年73)。
1140年:出家して西行法師と号する。
1149年:高野山に入る。
藤原実方:?〜998年12月13日。
(40歳前後で亡くなったと思われる)
中古三十六歌仙。
花山天皇、一条天皇に仕えた。
995年正月、突然、陸奥国に左遷される。
左遷の理由は、一条天皇の面前で
藤原行成と和歌について口論となり、
実方が行成の冠を奪って投げ捨てたことで
天皇の怒りを買ったため、天皇から「歌枕を見てまいれ」と
左遷を命じられた。
…との逸話が残っているが、これが事実かどうかは不明。
998年12月、陸奥国で実方が馬に乗り、
笠島道祖神の前を通った時、乗っていた馬が突然倒れ、
下敷きになって没した。
現在の宮城県名取市に墓がある。
ほのぼの:かすかに。ほのかに。ほんのりと。わずかに。少し。それとなく。うすうす。
みえわたる:一面に見える。全体を見渡される。
をり:その時。場合。機会。季節。時節。
をり:存在する。いる。座っている。腰をおろしている。〜ている。〜し続ける。
ふし:節。つなぎ目。関節。結び目。点。箇所。内容。事柄。趣。理由。根拠。わけ。機会。折り。きっかけ。旋律。節回し。段落。言いがかり。
をりふし:その時々。その場合場合。時節。時期。季節。折。場合。たまに。ときおり。時々。ちょうどその時。
もの:物体。品物。事情。一般のもの。考えていること。想っていること。話すこと。様子。事態。状況。ある場所。魔物。怨霊。
かなし:かわいい。いとしい。心惹かれる。おもしろい。すばらしい。みごとに。うまく。切ない。悲しい。気の毒だ。かわいそうだ。貧しい。くやしい。ひどい。残念だ。
くつ:腐る。朽ちる。こわれる。衰える。すたれる。虚しく終わる。死ぬ。
な:名前。呼び名。評判。うわさ。名声。名目。虚名。
な:おかず。野菜。食用とする魚類。
な:おまえ。あなた。
ばかり:〜くらい。〜ほど。〜ころ。〜だけ。〜ばかり。
とどむ:止める。とどめる。制止する。引き止める。中止する。取りやめる。注意を向ける。後に残す。
おく:起き上がる。立ち上がる。目覚める。寝ないで起きている。
おく:露や霜がおりる。置く。据える。設置する。さしおく。ほおっておく。間隔をおく。隔てる。あらかじめ〜する。
おき:沖。心の奥底で。
おき:赤くおこった炭火。薪などが燃え終わり、炭火のようになったもの。
かれの:草や木の葉の枯れた冬の野原。
かる:枯れる。干からびる。干上がる。涸れる。
かる:離れる。遠ざかる。間をあける。隔たる。足が遠くなる。疎遠になる。よそよそしくなる。
かる:草などを切り取る。
かる:借りる。
かる:追い払う。追い立てる。馬などを走らせる。
すすき:薄。
すすぐ:水で洗い清める。罪や穢れなどを清めのぞく。汚名や恥を晴らす。
かたみ:遺品。記念。
かたみに:互いに。かわるがわる。
かた:方向。方角。場所。部屋。方面。方法。手段。片方。組。ころ。時分。お方。
かた:絵。模様。形跡。痕跡。占いの結果。しきたり。形式。
かた:肩。鳥の翼の付け根部分。
かた:干潟。入り江。
かたし:壊れにくい。固い。厳しい。強い。
かたし:難しい。容易ではない。めったにない。まれである。
み:美しい。立派な。
み:からだ。身分。身の上。自分自身。命。本体。中身。
たみ:人民。臣民。庶民。
たむ:ぐるりと回る。めぐる。
たむ:なまる。訛りがある。
みる:目にする。見て判断する。対面する。経験する。試みる。夫婦になる。世話をする。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
山家集