《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

793

陸奥国(みちのくに)へまかれりけるに、

野中(のなか)に、目にたつさまなる塚(つか)の侍りけるを、

問はせ侍りければ、

「これなん中将の塚と申す」と答へければ、

「中将とはいづれの人ぞ」と問ひ侍りければ、

「実方(さねかた)朝臣のこと」となん申しけるに、

冬のことにて、

霜枯(しもが)れの薄(すすき)ほのぼの見えわたりて、

折(をり)ふしもの悲しうおぼえ侍りければ

西行法師

朽(く)ちもせぬその名ばかりをとどめ置きて枯野(かれの)の薄形見(かたみ)にぞ見る

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

陸奥国へ下っていた時に、野中に、

とくに目立つようすの墓がありましたので、

人に聞かせましたところ、

「これが有名な中将の墓だと申します」と答えましたので、

「中将とはどなたか」と尋ねましたところ、

「実方朝臣のことです」と申しましたが、

冬のことで、霜枯れの薄がほのぼのと見え渡って、

時節がらもの悲しく感じましたので

西行法師

実方中将は、

いつまでも消えないその名だけを残して置いて、

今、枯野の薄を形見として見ることだ。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;陸奥国(東北地方)へ下ったときに、

野原の中に

特に目立って建っているお墓がありました。

人に尋ねさせてみましたら

「この墓は、中将のもの…とのこと」

と答えたので

「中将とは、どちらの中将だろうか」と尋ねました。

すると

「藤原実方朝臣のことです」と申されました。

冬のことだったので、

霜枯れのすすきがほんのりと一面に見えています。

ちょうどその季節や風景と重なって

切なく、悲しく、残念なことだと

物悲しく感じたので、歌を詠みました。

 

 

作者;西行法師

 

 

(藤原実方朝臣が逝去されてから

かなり長い年月が経過しているのに)

 

彼の墓だけ

朽ちて壊れることもなく

立派に残っていますね。

 

(実方朝臣は、

中央にいたのに

陸奥国に左遷されたとの噂があります。)

 

彼の名は

この墓と同様に

すたれて虚しく終わることもなく

名声や噂話などを後世に残しておいでです。

 

草木の枯れた冬の野原で

すすきを見て

 

左遷され、

都から遠く離れた地で

この世を離れて逝かれた

彼の人生に思いを馳せます。

 

「罪を清めのぞく・汚名を晴らす」の

意味が連想される「すすき」を見て

 

彼の立派で美しい形見だと思って

枯野を眺めることですよ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

生没年から判断すると

西行法師がこの歌を詠んだのは

藤原実方が亡くなって何十年もあとのことです。

西行法師は

陸奥国に左遷され、現地で落馬して亡くなったとされる

実方の過去を知っていて、墓前でこの歌を詠んだのでしょう。

 

西行法師:1118年〜1190年2月16日(享年73)。

1140年:出家して西行法師と号する。

1149年:高野山に入る。

 

藤原実方:?〜998年12月13日。

(40歳前後で亡くなったと思われる)

中古三十六歌仙。

花山天皇、一条天皇に仕えた。

995年正月、突然、陸奥国に左遷される。

左遷の理由は、一条天皇の面前で

藤原行成と和歌について口論となり、

実方が行成の冠を奪って投げ捨てたことで

天皇の怒りを買ったため、天皇から「歌枕を見てまいれ」と

左遷を命じられた。

…との逸話が残っているが、これが事実かどうかは不明。

998年12月、陸奥国で実方が馬に乗り、

笠島道祖神の前を通った時、乗っていた馬が突然倒れ、

下敷きになって没した。

現在の宮城県名取市に墓がある。

 

ほのぼの:かすかに。ほのかに。ほんのりと。わずかに。少し。それとなく。うすうす。

 

みえわたる:一面に見える。全体を見渡される。

 

をり:その時。場合。機会。季節。時節。

をり:存在する。いる。座っている。腰をおろしている。〜ている。〜し続ける。

ふし:節。つなぎ目。関節。結び目。点。箇所。内容。事柄。趣。理由。根拠。わけ。機会。折り。きっかけ。旋律。節回し。段落。言いがかり。

をりふし:その時々。その場合場合。時節。時期。季節。折。場合。たまに。ときおり。時々。ちょうどその時。

 

もの:物体。品物。事情。一般のもの。考えていること。想っていること。話すこと。様子。事態。状況。ある場所。魔物。怨霊。

 

かなし:かわいい。いとしい。心惹かれる。おもしろい。すばらしい。みごとに。うまく。切ない。悲しい。気の毒だ。かわいそうだ。貧しい。くやしい。ひどい。残念だ。

 

くつ:腐る。朽ちる。こわれる。衰える。すたれる。虚しく終わる。死ぬ。

 

な:名前。呼び名。評判。うわさ。名声。名目。虚名。

な:おかず。野菜。食用とする魚類。

な:おまえ。あなた。

 

ばかり:〜くらい。〜ほど。〜ころ。〜だけ。〜ばかり。

 

とどむ:止める。とどめる。制止する。引き止める。中止する。取りやめる。注意を向ける。後に残す。

 

おく:起き上がる。立ち上がる。目覚める。寝ないで起きている。

おく:露や霜がおりる。置く。据える。設置する。さしおく。ほおっておく。間隔をおく。隔てる。あらかじめ〜する。

 

おき:沖。心の奥底で。

おき:赤くおこった炭火。薪などが燃え終わり、炭火のようになったもの。

 

かれの:草や木の葉の枯れた冬の野原。

 

かる:枯れる。干からびる。干上がる。涸れる。

かる:離れる。遠ざかる。間をあける。隔たる。足が遠くなる。疎遠になる。よそよそしくなる。

かる:草などを切り取る。

かる:借りる。

かる:追い払う。追い立てる。馬などを走らせる。

 

すすき:薄。

すすぐ:水で洗い清める。罪や穢れなどを清めのぞく。汚名や恥を晴らす。

 

かたみ:遺品。記念。

かたみに:互いに。かわるがわる。

 

かた:方向。方角。場所。部屋。方面。方法。手段。片方。組。ころ。時分。お方。

かた:絵。模様。形跡。痕跡。占いの結果。しきたり。形式。

かた:肩。鳥の翼の付け根部分。

かた:干潟。入り江。

かたし:壊れにくい。固い。厳しい。強い。

かたし:難しい。容易ではない。めったにない。まれである。

 

み:美しい。立派な。

み:からだ。身分。身の上。自分自身。命。本体。中身。

 

たみ:人民。臣民。庶民。

たむ:ぐるりと回る。めぐる。

たむ:なまる。訛りがある。

 

みる:目にする。見て判断する。対面する。経験する。試みる。夫婦になる。世話をする。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

山家集