《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》
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久我(こが)内大臣、春のころ失(う)せて侍りける年の秋、
土御門内大臣、中将に侍りける時に、遣はしける
殷富門院大輔(いんぶもんゐんのたいふ)
秋深き寝覚(ねざ)めにいかが思ひ出(い)づるはかなく見えし春の夜(よ)の夢
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
久我内大臣が春のころ亡くなりました年の秋、
土御門内大臣が中将でありました時に、
詠み贈りました歌
殷富門院大輔
秋の深くなったこのごろの夜の寝覚めに、
どのように思い出していられることでしょうか。
はかなく見えた春の夜の夢のような、
父君のご死去の時のことを。
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✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;春の頃(1175年2月27日)に、
久我内大臣・源雅通(まさみち)様が逝去されました。
その年の秋、
ご子息の土御門内大臣・源通親(みちちか)様が
中将(近衛府の次官)でいらした時に、
歌を詠んで贈りました。
作者;殷富門院大輔
春に
父上のいた場所に空きができてから
時間がたち、
秋が深くなりました。
この季節になると
夜中や明け方に目が覚めます。
夜中に目を覚ますと
なぜか亡き人のことを思い出し
悲しく、懐かしく、恋い慕う気持ちになります。
束の間の春の夜の夢は
思い通りにならなくて
あっけないもの。
遥か遠い天国に逝った人に
夢の中で会いたいけれど
思うようになりません。
人の一生もまた、
思い通りにならなくてあっけない、
春の夢のように儚いものですね。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
殷富門院大輔:生没年不詳(1130年頃〜1200年頃)
女房三十六歌仙。
若い頃から後白河院の第一皇女・殷富門院(亮子内親王)に出仕。
歌壇で活躍した。
俊恵法師が白川の自邸で主宰した歌林苑のメンバー。
藤原定家、寂蓮、西行、源頼政など
多くの歌人と交際があった。
1192年、殷富門院の出家に伴って自らも出家した。
久我内大臣:源雅通:1118年〜1175年2月27日(享年58)。
1169年から病気。
崇徳天皇、近衛天皇、後白河天皇、
二条天皇、六条天皇、高倉天皇に仕えた。
土御門内大臣:源通親:1149年〜1202年10月21日(享年54)。
1170年1月18日から右近衛権中将
後白河天皇、二条天皇、六条天皇、高倉天皇、安徳天皇、
後鳥羽天皇、土御門天皇に仕えた。
父は、源雅通。
あき:7月から9月
あく:閉じていたものが開く。あく。隙間ができる。空間が生じる。時間的に空きができる。官職に欠員が生じる。物忌みなどが終わる、あける。
あく:十分に満足する。飽きる。いやになる。
ふかし:深い。奥まっている。夜が更けている。色や香りが濃い。草や露が密だ。関係が強い。親密だ。愛情が深い。知識が優れている。甚だしい。激しい。強い。
ねざめ:眠りから覚めること。夜中や明け方に目を覚ますこと。
いかが:どのように〜か。どうして〜か、いやない。どうか。どうであろうか。どうだろうか。
おもひいづ:思い出す。思い起こす。
おもふ:思う。考える。思案する。愛しく思う。恋をする。懐かしく思う。回想する。望む。願う。希望する。心配する。悩む。嘆く。苦しく思う。予想する。〜そうな顔をする。
おもひ:思うこと。考え。希望。願望。願い。心配、悲しみなどの気持ち。もの思い。恋い慕う気持ち。思慕。愛情。予想。想像。喪中。喪に服すること。
いづ:出る。現れる。出発する。人に知られる。離れる。逃れる。
はかなし:思い通りにならない。期待外れだ。心細い。弱々しい。もろい。頼りにならない。あっけない。無常だ。つかの間だ。たいしたことではない。幼い。未熟である。あさはかだ。みすぼらしい。卑しい。
はかなし:墓無し
かなし:かわいい。いとしい。心惹かれる。おもしろい。すばらしい。みごとに。うまく。切ない。悲しい。気の毒だ。かわいそうだ。貧しい。くやしい。ひどい。残念だ。
みる:目にする。見て判断する。対面する。経験する。試みる。夫婦になる。世話をする。
みゆ:見える。目に入る。来る。現れる。思われる。感じられる。見かける。見なれる。人に見せる。人に見られる。人に会う。結婚する。
はる:春。新年。正月。
はる:一面に広がる。芽が出る。芽吹く。強く盛んになる。張り合う。緊張する。たるまないように引っ張る。広げる。貼り付ける。設ける。仕掛ける。たたく。打つ。
はる:晴天になる。心が晴れる。心がすっきりする。晴れ晴れする。ひらけている。見晴らしがいい。広々としている。
はる:開墾する。
はるか:遥かに遠い。遥だ。
はる:春宮
よ:現世。御代。治世。一生。生涯。寿命。世間。俗世間。時節。男女の仲。夫婦の仲。生活。暮らし。
よ:余り。以上。ほか。
よ:私。
よ:夜。
ゆめ:夢。夢のように儚いこと。不確かなもの。迷い。煩悩。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
書陵部本殷富門院大輔集