《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

790

久我(こが)内大臣、春のころ失(う)せて侍りける年の秋、

土御門内大臣、中将に侍りける時に、遣はしける

殷富門院大輔(いんぶもんゐんのたいふ)

秋深き寝覚(ねざ)めにいかが思ひ出(い)づるはかなく見えし春の夜(よ)の夢

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

久我内大臣が春のころ亡くなりました年の秋、

土御門内大臣が中将でありました時に、

詠み贈りました歌

殷富門院大輔

秋の深くなったこのごろの夜の寝覚めに、

どのように思い出していられることでしょうか。

はかなく見えた春の夜の夢のような、

父君のご死去の時のことを。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;春の頃(1175年2月27日)に、

久我内大臣・源雅通(まさみち)様が逝去されました。

その年の秋、

ご子息の土御門内大臣・源通親(みちちか)様が

中将(近衛府の次官)でいらした時に、

歌を詠んで贈りました。

 

作者;殷富門院大輔

 

 

春に

父上のいた場所に空きができてから

時間がたち、

 

秋が深くなりました。

 

この季節になると

夜中や明け方に目が覚めます。

 

夜中に目を覚ますと

なぜか亡き人のことを思い出し

悲しく、懐かしく、恋い慕う気持ちになります。

 

束の間の春の夜の夢は

思い通りにならなくて

あっけないもの。

 

遥か遠い天国に逝った人に

夢の中で会いたいけれど

思うようになりません。

 

人の一生もまた、

思い通りにならなくてあっけない、

春の夢のように儚いものですね。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

殷富門院大輔:生没年不詳(1130年頃〜1200年頃)

女房三十六歌仙。

若い頃から後白河院の第一皇女・殷富門院(亮子内親王)に出仕。

歌壇で活躍した。

俊恵法師が白川の自邸で主宰した歌林苑のメンバー。

藤原定家、寂蓮、西行、源頼政など

多くの歌人と交際があった。

1192年、殷富門院の出家に伴って自らも出家した。

 

久我内大臣:源雅通:1118年〜1175年2月27日(享年58)。

1169年から病気。

崇徳天皇、近衛天皇、後白河天皇、

二条天皇、六条天皇、高倉天皇に仕えた。

 

土御門内大臣:源通親:1149年〜1202年10月21日(享年54)。

1170年1月18日から右近衛権中将

後白河天皇、二条天皇、六条天皇、高倉天皇、安徳天皇、

後鳥羽天皇、土御門天皇に仕えた。

父は、源雅通。

 

あき:7月から9月

あく:閉じていたものが開く。あく。隙間ができる。空間が生じる。時間的に空きができる。官職に欠員が生じる。物忌みなどが終わる、あける。

あく:十分に満足する。飽きる。いやになる。

 

ふかし:深い。奥まっている。夜が更けている。色や香りが濃い。草や露が密だ。関係が強い。親密だ。愛情が深い。知識が優れている。甚だしい。激しい。強い。

 

ねざめ:眠りから覚めること。夜中や明け方に目を覚ますこと。

 

いかが:どのように〜か。どうして〜か、いやない。どうか。どうであろうか。どうだろうか。

 

おもひいづ:思い出す。思い起こす。

 

おもふ:思う。考える。思案する。愛しく思う。恋をする。懐かしく思う。回想する。望む。願う。希望する。心配する。悩む。嘆く。苦しく思う。予想する。〜そうな顔をする。

 

おもひ:思うこと。考え。希望。願望。願い。心配、悲しみなどの気持ち。もの思い。恋い慕う気持ち。思慕。愛情。予想。想像。喪中。喪に服すること。

 

いづ:出る。現れる。出発する。人に知られる。離れる。逃れる。

 

はかなし:思い通りにならない。期待外れだ。心細い。弱々しい。もろい。頼りにならない。あっけない。無常だ。つかの間だ。たいしたことではない。幼い。未熟である。あさはかだ。みすぼらしい。卑しい。

 

はかなし:墓無し

 

かなし:かわいい。いとしい。心惹かれる。おもしろい。すばらしい。みごとに。うまく。切ない。悲しい。気の毒だ。かわいそうだ。貧しい。くやしい。ひどい。残念だ。

 

みる:目にする。見て判断する。対面する。経験する。試みる。夫婦になる。世話をする。

 

みゆ:見える。目に入る。来る。現れる。思われる。感じられる。見かける。見なれる。人に見せる。人に見られる。人に会う。結婚する。

 

はる:春。新年。正月。

はる:一面に広がる。芽が出る。芽吹く。強く盛んになる。張り合う。緊張する。たるまないように引っ張る。広げる。貼り付ける。設ける。仕掛ける。たたく。打つ。

はる:晴天になる。心が晴れる。心がすっきりする。晴れ晴れする。ひらけている。見晴らしがいい。広々としている。

はる:開墾する。

はるか:遥かに遠い。遥だ。

はる:春宮

 

よ:現世。御代。治世。一生。生涯。寿命。世間。俗世間。時節。男女の仲。夫婦の仲。生活。暮らし。

よ:余り。以上。ほか。

よ:私。

よ:夜。

 

ゆめ:夢。夢のように儚いこと。不確かなもの。迷い。煩悩。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

書陵部本殷富門院大輔集