《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》
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母身まかりにける秋、野分(のわき)しける日、
もと住み侍りける所にまかりて
藤原定家朝臣
玉(たま)ゆらの露も涙もとどまらずなき人(ひと)恋ふる宿(やど)の秋風
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
母が亡くなってしまった秋、
野分の吹き荒れた日、母の、
もと住んでいました所に行きまして
藤原定家朝臣
ほんのしばらくの草木の露も、
わたしの涙も、とどまらず乱れこぼれる。
亡き母を恋い慕う宿を吹く秋風で。
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✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;1193年2月13日、
母(美福門院加賀)が亡くなりました。
その年の秋、台風のような強い風が吹いた日に、
(父・俊成がいる)実家に帰って詠みました歌。
作者;藤原定家
母の魂は、
ほんの短いうちに
ゆらゆらと揺れ動き、
天国に召されました。
私の目からは
少しの間もとどまることがなく
露のような大粒の涙がこぼれます。
実家に行くと
母がいた場所に空きができています。
実家で強い秋風に吹かれていると
心の中にも
激しく冷たい風が吹き抜けるようです。
亡くなった母を
恋しく愛おしく思い出す
実家での激しい秋風ですよ。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
藤原定家:1162年〜1241年8月20日(享年80)。
父は、藤原俊成。
母は、美福門院加賀。
美福門院加賀(五条局):生没年:?〜1193年2月13日。
若い頃は美福門院に仕え、
老年は、八条院に仕えた。
藤原俊成と再婚。定家などを産んでいる。
式子内親王や顕昭が彼女の死に際して多くの歌を
贈っている。
皇太后宮大夫俊成:藤原俊成
生没年:1114年〜1204年11月30日(享年91)
皇太后宮大夫(後白河院の皇后、藤原忻子(きんし・よしこ)に
就任したのは、1172年2月10日〜。
1176年9月28日出家。
妻は、美福門院加賀。
のわき:秋に吹く激しい風。台風。
もと:根本。よりどころ。基本。根本。幹。以前。かつて。昔。原因。はじまり。起源。上の句。住所。居所。付近。近辺。元手。資金。
すむ:居住する。男が女のもとに婿として通う。
すむ:透き通る。曇りがなくなる。清らかに明るく輝く。さえる。響き渡る。心に迷いがなくなる。心が静まる。落ち着いている。上品である。人の気配がなくなる。ひっそりとする。
まかる:退出する。おいとまする。都から地方へ行く。参ります。〜いたします。死ぬ。
たまゆら:ほんの少しの間。ほんのちょっと。
たま:宝石。真珠。美しいものの例え。涙、露などの例え。
たま:魂。霊魂。
ゆらく:玉や鈴などが揺れて、触れ合って音をたてる。
ゆらに:からんと。ちりりんと。
ゆらふ:一箇所に動かずにいる。とどまる。進むのをためらう。とどめておく。控えさせておく。
ゆる:ゆらゆらと揺れ動く。ゆらめく。振動する。揺り動かす。ゆする。
つゆ:水滴。露。わずかのこと。少しのこと。儚さ。もろさ。涙。袖括りの紐の先。
なみだ:涙
なみ:波。波のような起伏をするもの。しわ。
なみ:並ぶ様子。並び。列。続き。同類。同等。共通する性質。
なみ:無み。〜がないために。
とどむ:止める。とどめる。制止する。引き止める。中止する。取りやめる。注意を向ける。後に残す。
なき:泣き。亡き。鳴き。無き。
こひ:懐かしく恋い慕うこと。思い慕うこと。異性を思慕する感情。恋愛。
こひし:強く心が惹きつけられる。慕わしい。懐かしい。恋しい。
こふ:神仏に乞い願う。祈願する。求める。欲しがる。
やど:家の戸。家。自宅。庭先。泊まるところ。主人。
やどる:宿泊する。すむ。仮のすみかとする。とどまる。映る。寄生する。
やどり:旅先などで泊まること。泊まる宿。住まい。すみか。仮の住居。
あき:7月から9月
あく:閉じていたものが開く。あく。隙間ができる。空間が生じる。時間的に空きができる。官職に欠員が生じる。物忌みなどが終わる、あける。
あく:十分に満足する。飽きる。いやになる。
かぜ:風。風習。習わし。伝統。風邪。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
長秋草
拾遺愚草