《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

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白河院御時、中宮おはしまさで後、

その御方(おんかた)は草のみ茂りて侍りけるに、

七月七日(ふづきなぬか)、

童(わらは)べの露取り侍りけるを見て

周防内侍(すはうのないし)

浅茅原(あさぢはら)はかなく置きし草の上の露を形見(かたみ)と思ひかけきや

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

白河院の御代、中宮が亡くなられてのち、

その御殿は草ばかりが茂っていましたが、

七月七日に、子どもが露を取っていましたのを見まして

周防内侍

浅茅原の、はかなく置いた草の上の露を、

中宮様のお形見にしようと、

思いかけたろうか。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;白河天皇の御代、

1084年9月22日に、

中宮・藤原賢子様が(28歳の若さで)逝去されました。

中宮が亡くなられてのち、

中宮御殿は草ばかりが繁茂していました。

7月7日(七夕)に、子どもたちが(天国の母を想って)

泣きながら草の露を取っているのを見て

歌を詠みました。

 

作者;周防内侍

 

 

中宮御殿は

雑草が茂った荒れ野となっています。

 

御殿の庭の草に

つかの間、弱々しく露が置かれています。

 

白河天皇や子どもたちは

草に置かれた露を

彼女の形見のように

恋い慕っておいででした。

 

草の上に弱々しく置かれた露は

まるで

寵愛していた中宮を亡くされた白河天皇や

幼い頃に母を亡くした子どもたちの

切なく悲しい涙のように思われます。

 

七夕に、

天国の母を想って

泣きながら草の露を取っている

子どもたちの姿が見られましたよ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

この歌の詞書にある「童べ」は

白河天皇と藤原賢子の子どもたちかと思われます。

母(賢子)が亡くなったとき、

媞子内親王は、9歳。

令子内親王は、7歳。

堀河天皇は、6歳。

禛子内親王は、4歳です。

 

周防内侍:1037年〜1109年以後1111年以前(享年75前後)。

女房三十六歌仙。

本名は、平仲子(たいらのちゅうし)。

後冷泉天皇、後三条天皇、白河天皇、堀河天皇に仕えた。

1108年以降、病のために出家。

 

白河天皇:1053年6月19日〜1129年7月7日(享年77)。

在位:1072年12月8日〜1086年11月26日。

 

藤原賢子:1057年〜1084年9月22日(享年28)。

白河天皇の中宮。

堀河天皇の国母。

白河天皇の寵愛の后。

その死を悲しんで白河天皇は数日食事をとらなかったという。

 

堀河天皇:1079年7月9日〜1107年7月19日(享年29)。

在位:1086年11月26日〜1107年7月19日。

生来、病弱で、在位のまま崩御。

白河天皇の第三皇子。

鳥羽天皇の父。

臨終の様子は、

藤原長子の『讃岐典侍日記』に詳しい。

 

媞子(ていし・やすこ)内親王:1076年4月5日〜1096年8月7日(享年21)。

郁芳門院。

白河天皇の第一皇女。白河院の第一最愛の内親王。

母は、藤原賢子。

堀河天皇の同母姉であり、堀河天皇の准母。

容姿麗しく優美であり、施しを好む寛容な心優しい女性であったという。

内親王は21歳の若さで早世。

最愛の皇女を亡くした白河院は悲嘆のあまり2日後に出家。

堀河天皇も媞子内親王の逝去を機に出家。政務への意欲を無くしたとされる。

 

令子(れいし)内親王:1078年5月18日〜1144年4月21日(享年67)。

白河天皇と藤原賢子の第三皇女。

 

禛子(しんし)内親王:1081年4月17日〜1156年1月5日(享年76)。

白河天皇と藤原賢子の第四皇女。

 

 

あさぢがはら:丈の低い茅(ちがや)が一面に生えている野原。雑草が生い茂った荒れ野。

 

あさぢ:荒地などに生えるイネ科の雑草。

あさし:浅い。まがない。思いやりや愛情などが軽い。薄い。考えが足りない。情趣が劣る。平凡だ。色や香りが淡い。うすい。身分や位が低い。

 

はら:腹部。その女性から生まれたこと、その子。考え。心の中。心の底。物の中央の部分。膨らんだ部分。

 

はかなし:思い通りにならない。期待外れだ。心細い。弱々しい。もろい。頼りにならない。あっけない。無常だ。つかの間だ。たいしたことではない。幼い。未熟である。あさはかだ。みすぼらしい。卑しい。

 

はかなし:墓無し

 

かなし:かわいい。いとしい。心惹かれる。おもしろい。すばらしい。みごとに。うまく。切ない。悲しい。気の毒だ。かわいそうだ。貧しい。くやしい。ひどい。残念だ。

 

おく:起き上がる。立ち上がる。目覚める。寝ないで起きている。

おく:露や霜がおりる。置く。据える。設置する。さしおく。ほおっておく。間隔をおく。隔てる。あらかじめ〜する。

 

くさ:草。原因。たね。種類。

くさし:くさい。あやしい。胡散臭い。~に似た様子だ。~らしい。

 

うへ:上部。高いところ。表面。外見。うわべ。あたり。ほとり。屋根。天皇。天皇の御座所。高貴な人。高貴な人のそば。

 

つゆ:水滴。露。わずかのこと。少しのこと。儚さ。もろさ。涙。袖括りの紐の先。

 

かたみ:遺品。記念。

かたみに:互いに。かわるがわる。

 

おもふ:思う。考える。思案する。愛しく思う。恋をする。懐かしく思う。回想する。望む。願う。希望する。心配する。悩む。嘆く。苦しく思う。予想する。〜そうな顔をする。

 

おもひかく:思いをかける。恋い慕う。あらかじめ考えておく。気にかける。予想する。

 

かく:馬に乗って走る。

かく:破損する。傷つく。不足する。抜かす。もらす。おろそかにする。

かく:肩にのせて運ぶ。かつぐ。

かく:こちらから〜する。〜しかける。〜仕向ける。

かく:吊り下げる。ひっかける。関係する。二つの地点をつなぐ。橋などをかけわたす。思いをかける。覆う。かぶせる。水などを浴びせかける。兼任する。対比する。話しかける。情愛をそそぐ。思いをかける。火をつける。捕える。だます。ある期間にわたる。大切なものを託す。目標にする。関係づける。

かく:こする。ひっかく。つまびく。髪をとかす。刃物で切り取る。引っ掻くようにつかまる。とりすがる。食べ物をかきこむ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

周防内侍集