《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》
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小式部内侍(こしきぶのないし)、
露(つゆ)置きたる萩(はぎ)織りたる
唐衣(からぎぬ)を着て侍りけるを、
身まかりて後(のち)、
上東門院より尋ねさせ給ひけるに奉るとて
和泉式部
置くと見し露もありけりはかなくて消えにし人をなににたとへん
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
小式部内侍が、
露の置いた萩を織り出した唐衣を着ていましたが、
それを、亡くなってのち、
上東門院からお尋ねになったのでさしあげるというので
和泉式部
萩の上に置いたと見た儚い露でも、
消えないで残っていたことでございます。
その露よりも儚くて亡くなってしまった人を、
何に例えましょうか。
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✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;小式部内侍が(生前)着ておられた着物に、
萩に露が置かれた模様が織り込まれた
唐衣(女子の正装の時、上衣の上に着る短い衣)が
ございました。
小式部内侍の死後、
上東門院から「あの唐衣をいただけないか」と
問われたので、差し上げる時に詠んだ歌
作者;和泉式部
この唐衣には、
萩に置かれた露が織り込まれています。
着物の模様は消えることがありませんが
小式部内侍の命は
露のようにあっけなく消えてしまいました。
子を出産後、
若くして亡くなった小式部内侍。
回復して起き上がって来るだろうと思っていたのに
にわかに体調が急変し、
あの世へと逝かれました。
露のように儚い彼女の命を思うと
私の目からは
露のような大粒の涙がこぼれ落ちます。
あっけなく亡くなってしまった
愛しい人のことを
何に例えたら良いでしょうか。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
和泉式部:978年頃〜没年不詳。
中古三十六歌仙。
女房三十六歌仙。
1008年から1011年頃、一条天皇の中宮・藤原彰子に出仕。
小式部内侍(こしきぶのないし):999年頃〜1025年11月(享年27?)。
女房三十六歌仙。
父は、橘道貞。
母は、和泉式部。
和泉式部とともに、一条天皇の中宮・藤原彰子に出仕した。
藤原公成の子を出産した際に死去。
その際、和泉式部が哀傷歌を詠んでいる。
上東門院:藤原彰子:988年〜1074年10月3日(享年77)。
一条天皇の皇后。
後一条天皇・後朱雀天皇の国母。
紫式部、和泉式部、赤染衛門、伊勢大輔などを従え、
華麗な文芸サロンを形成した。
おく:起き上がる。立ち上がる。目覚める。寝ないで起きている。
おく:露や霜がおりる。置く。据える。設置する。さしおく。ほおっておく。間隔をおく。隔てる。あらかじめ〜する。
みる:目にする。見て判断する。対面する。経験する。試みる。夫婦になる。世話をする。
みゆ:見える。目に入る。来る。現れる。思われる。感じられる。見かける。見なれる。人に見せる。人に見られる。人に会う。結婚する。
とみ:富むこと。金持ち。財産。江戸時代に流行した有料のくじ。
とみ:急である様子。にわかである様子。急ぎである様子。
つゆ:水滴。露。わずかのこと。少しのこと。儚さ。もろさ。涙。袖括りの紐の先。
あり:存在する。いる。ある。生きている。その場にいる。居合わせる。時間が過ぎる。経過する。栄えて暮らす。優れている。良いところがある。
はかなし:思い通りにならない。期待外れだ。心細い。弱々しい。もろい。頼りにならない。あっけない。無常だ。つかの間だ。たいしたことではない。幼い。未熟である。あさはかだ。みすぼらしい。卑しい。
はかなし:墓無し
かなし:かわいい。いとしい。心惹かれる。おもしろい。すばらしい。みごとに。うまく。切ない。悲しい。気の毒だ。かわいそうだ。貧しい。くやしい。ひどい。残念だ。
きえ:帰依する。神仏や高僧などを深く信仰し、その教えに従い、その力に頼ること。
きゆ:形がなくなる。消える。意識がなくなる。失神する。死ぬ。亡くなる。
なに:なにもの。なにごと。どのようなもの。なぜ。どうして。
たとふ:他のものを引き合いに出していう。なぞらえる。例える。
む:〜だろう。〜よう。〜がよい。〜ませんか。〜ような。〜としたら。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
和泉式部集