《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》

 

771

近衛院(このゑのゐん)かくれ給ひにければ、

世を背きて後、五月五日、

皇嘉門院(くわうかもんゐん)に奉られける

九条院(くでうのゐん)

あやめ草ひきたがへたる袂(たもと)には昔を恋ふるねぞかかりける

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

近衛院がお亡くなりになってしまったので、

出家してのち、五月五日に、

皇嘉門院にさしあげられたお歌

九条院

今日は、あやめ草の節句の日でございますが、

うって変わっているわたしの墨染の僧衣の袂には、

あやめ草の根ではなく、昔を思い慕って泣く音(ね)が、

涙とともにかかっていることでございます。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;夫である近衛天皇が崩御されましたので、

出家しました。

出家ののちの五月五日、

皇嘉門院(近衛天皇の養母)に歌を差し上げました。

 

作者;藤原呈子

 

 

今日は、

五月五日、端午の節句です。

 

私は、

近衛天皇崩御ののち、

皇室から退いて

出家しました。

 

ですので、

あやめ草(菖蒲)を引き抜く着物の袂は

昔のように

煌びやかなものではなくなりました。

 

尼僧が着る着物の袂には

亡き天皇を思い慕う泣き声と

涙が落ちかかっておりますよ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

九条院:藤原呈子(ていし・しめこ):1131年〜1176年9月19日(享年46)。

近衛天皇の中宮。

近衛天皇崩御の翌月、出家。

 

近衛天皇:1139年5月18日〜1155年7月23日(享年17)。

在位:1141年12月7日〜1155年7月23日。

鳥羽天皇の第九皇子。

母は、藤原得子(美福門院)。

15歳頃から病気がちになり、失明の危機もあった。

 

皇嘉門院:藤原聖子(せいし・きよこ):1122年〜1181年12月4日(享年60)。

崇徳天皇の皇后、中宮。

近衛天皇の養母。

父は、藤原忠通。

藤原兼実の姉。

1156年、保元の乱で、

父(忠通)と夫(崇徳天皇)が争うこととなり、

敗れた崇徳天皇は讃岐国へ配流。

聖子は、板挟みになり、出家。

1163年、再出家。

 

あやめ:織り目。模様。物の形や色の区別。物事の筋道。道理。分別。

あやめ:しょうぶ。剣状の葉は芳香が強く、邪気を払うとされ、五月五日の端午の節句には魔除けとして軒や髪に挿して飾った。

 

あやす:涙などを流す。したたらせる。

め:女。女性。妻。夫人。

め:目。視線。まなざし。見分けること。見抜くこと。見方。出会い。事態。境遇。顔。姿。隙間。網目。

 

くさ:草。

くさ:原因。たね。対象。種類。

くさし:臭い。怪しい。うさんくさい。

 

ひきたがふ:予想や期待などに反する。期待を裏切る。それまでと逆にする。すっかり変える。

 

ひく:しりぞく。退却する。後ろに下がる。

ひく:引っ張る。引き寄せる。引き抜く。抜き取る。取り去る。取り外す。引いて張り巡らす。弓を引く。引きずる。導く。連れて行く。心をひきつける。誘う。引用する。線をかく。平にならす。贈り物として与える。入浴する。演奏する。

 

たがふ:食い違う。予測と違う。背く。従わない。いつもと異なる。変わる。行き違う。違うようにさせる。背く。取り違える。誤る。方違えをする。

 

たもと:袂。

 

むかし:過去。以前。故人。前世。

むがし:喜ばしい。うれしい。ありがたい。

 

こひ:懐かしく恋い慕うこと。思い慕うこと。異性を思慕する感情。恋愛。

こひし:強く心が惹きつけられる。慕わしい。懐かしい。恋しい。

こふ:神仏に乞い願う。祈願する。求める。欲しがる。

 

ね:音。鳴き声。泣き声。

 

かかる:ぶら下がる。もたれかかる。よりかかる。頼みにする。世話になる。頼る。すがる。目につく。心にとまる。船が停泊する。覆い被さる。雨や雪が降りかかる。涙などが落ちてかかる。雲などがなびく。関係する。かかわる。かかりっきりになる。熱中する。悪いことが身に降りかかる。巻き添えをくう。出くわす。危害をうける。殺される。傷つけられる。攻めかかる。襲いかかる。ある場所にさしかかる。通りかかる。いる時点に至る。

かかる:このように。こんな。

かかる:ひびやあかぎれができる。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

今鏡