《新古今和歌集・巻第六・冬歌》

 

671

百首歌奉りし時

藤原定家朝臣

駒(こま)とめて袖うちはらふ陰(かげ)もなし佐野(さの)のわたりの雪の夕暮(ゆふぐれ)

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

百首の歌を差し上げた時

藤原定家朝臣

馬をとめて、

雪の降りかかった袖をはらう物陰もない。

佐野のあたりの雪の夕暮よ。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;1200年、後鳥羽院が主催された

「正治二初度百首」にて、歌を献上しました。

 

作者;藤原定家

 

 

今、この佐野のあたりには

雪が降っていて

馬をつなぐ人の姿も見えないし、

袖を払い清める人影も見えません。

 

雪が降る夕暮れ時に

川を渡る場所のある

佐野のあたりの光景を見ていると

(源平合戦で命を落とされた

安徳天皇のことが思い出されて)

涙がこぼれます。

 

(安徳天皇の一行は)

人目につかないところで

木と木の間に小馬を繋ぎ止め、

 

神仏に祈って身の穢れを清め、

災いを取り除くための

隠れ場所さえもなかったのでしょう。

 

雪が降る夕暮れ時に

川を渡るこの場所の光景を見ていると

 

雪のように大粒の涙がこぼれて

目の前が暗くなることですよ。

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

この歌は

「正治二初度百首」で詠まれていますので

安徳天皇の崩御を言っているのではないかと

思われます。

 

藤原定家:1162年〜1241年8月20日(享年80)。

 

安徳天皇:1178年11月12日〜1185年3月24日。

(享年満6歳4ヶ月)。

 

後鳥羽天皇:1180年7月14日〜1239年2月22日(享年60)。

在位:1183年8月20日〜1198年1月11日。

高倉天皇の第四皇子。

後白河天皇の孫。安徳天皇の異母弟。

 

こま:小さい馬。小馬。馬。双六や将棋のこま。

こま:木と木の間。

こま:高麗。高句麗。

 

とむ:行かせないようにする。進ませない。止める。制止する。後に残す。とどめる。停泊させる。宿泊させる。

 

そで:袖。

 

うちはらふ:塵などを払いのける。払い清める。追い払う。

 

はらふ:取り除く。はらいのける。掃除する。掃き清める。追い払う。平定する。

はらふ:神に祈って身の穢れを清め、災いを取り除く。お祓いをする。

 

かげ:人やものの後方。物陰。隠れ場所。人目につかないところ。恩恵。おかげ。庇護。

かげ:光。姿。形。水面や鏡にうつる姿、形。面影。影法師。痩せ衰えた様子。やつれた姿。虚像。幻影。影のように寄り添って離れないもの。死者の霊魂。

 

かけ:結びつけること。口に出して言うこと。

かけ:馬に乗って走らせること。

 

さの:和歌山県新宮市佐野。木ノ川の沿岸。

さののわたり:川を渡る場所。

 

わたり:付近。あたり。ほとり。人。お方。人々。

わたり:渡し場。来訪。訪問。移転。舶来。かけあい。交渉。直径。

わたる:超えて行く。過ぎる。通る。行く。年月が過ぎる。またがる。両岸にかかる。広く通じる。いらっしゃる。おいでになる。長い間ずっと〜し続ける。一面に〜する。

 

ゆき:雪。涙。逝く。行く。

 

ゆふ:夕方。

ゆふ:結ぶ。しばる。ゆわえる。髪を結ぶ。髪を整える。組み立てる。

 

くる:目の前が暗くなる。目が眩む。涙で目が見えなくなる。心が乱れ惑う。理性がなくなる。

くる:日が暮れる。年や季節が終わる。

くる:与える。やる。くれる。

くる:たぐる。順に送る。順にめくる。

くれ:来れ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

正治二初度百首