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音(おと)にきく高師の浜のあだ浪(なみ)はかけじや袖の濡れもこそすれ

 

祐子(いうし)内親王家(けの)紀伊(きい)

 

【出典】

『金葉集』巻八・恋下・469

「堀河院御時艶書合(けさうぶみあはせ)によめる

中納言俊忠に対するかへし」

一宮紀伊

 

 

++【口語訳】(『最新全訳古語辞典』・東京書籍より)++

 

評判の高い、

高師浜のあだ波(やたらにたち騒ぐ波)ではないが、

いっこう心が定まらない

浮気なあなたのことなど心にかけませんよ。

波で袖が濡れるように、

あなたに騙されて涙を流すようなことになったら

困りますから。

 

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□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□

 

 

(※『和歌暗号(わかコード)』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

題詞;1102年閏5月に開催された「内裏艶書歌合」にて

詠みました歌。

中納言俊忠からの歌(『金葉集』468)への返歌。

 

作者;祐子(いうし)内親王家(けの)紀伊(きい)

 

あなた(藤原俊忠様)が

高貴で優れたお方だということは

噂に聞いておりますよ。

 

しかし、

人の心は変わりやすいものです。

 

むやみに立ち騒ぐ波のように

 

恋愛に関して浮気性だという噂が

たつことは避けたいのです。

 

たとえ

波が袖にかかって

濡れてしまうとしても。

あなたの着物の袖が

(私に振られたことで)

涙に濡れるとしても。

 

 

 

堀河天皇の実姉でありながら

堀河天皇の准母で中宮となられた

媞子(ていし・やすこ)内親王が、

1096年8月7日、

病のため逝去されました。

(享年21)。

 

皇居の方から

とても大きな声で泣いている

彼女の弟(堀河天皇)の声が聞こえてきます。

 

また、

周囲の人々からも

天皇がそのように心を痛めていらっしゃる

という話を聞いております。

 

 

堀河天皇の泣き声は

天皇ご自身の心の中を

 

また、

私たちの心の中も

 

むやみに立ち騒ぐ波のように

かき乱しています。

 

天皇の着物の袖が

涙で濡れていようとも

 

天皇に

無駄に声をかけて

心が乱れないように

そっとしておいてあげたいと思いますよ。

 

【和歌コード訳の解説】

 

昨日の記事でご紹介した

中納言俊忠の歌への返歌です。

 

 

祐子内親王家紀伊:生没年不詳。

祐子内親王(後朱雀天皇の皇女)の女房。

女房三十六歌仙。

 

祐子(ゆうし・すけこ)内親王:1038年4月21日〜1105年11月7日(享年68)。

後朱雀天皇の第三皇女。

母は、中宮・藤原嫄子。

歌合を盛んに催し、祐子内親王家紀伊や菅原孝標女などが仕えた。

 

堀河天皇:1079年7月9日〜1107年7月19日(享年29)。

在位:1086年11月26日〜1107年7月19日。

生来、病弱で、在位のまま崩御。

白河天皇の第三皇子。

鳥羽天皇の父。

臨終の様子は、

藤原長子の『讃岐典侍日記』に詳しい。

 

白河天皇:1053年6月19日〜1129年7月7日(享年77)。

在位:1072年12月8日〜1086年11月26日。

媞子内親王の死を悼んで、1096年8月9日に出家。

 

媞子(ていし・やすこ)内親王:1076年4月5日〜1096年8月7日(享年21)。

郁芳門院。

伊勢斎宮。

白河天皇の第一皇女。母は、藤原賢子。

堀河天皇の同母姉にもかかわらず、准母であり、中宮。

白河院の最愛の内親王。

容姿麗しく優美であり、施しを好む寛容な心優しい女性であったという。

内親王は21歳の若さで病で早世。

最愛の皇女を亡くした白河院は悲嘆のあまり2日後に出家。

天皇と配偶関係にない(堀河天皇と同母姉弟)内親王が

皇后に立った(准母立后)のは、媞子内親王が最初で最後だった。

 

 

 

おと:弟、妹。末っ子。

おと:物音。響き。声。鳴き声。評判。うわさ。便り。おとさた。

 

きく:天皇家の象徴。

きく:うまく働く。役に立つ。上手である。優れている。

きく:聞いて知る。聞いて思う。聞き入れる。尋ねる。問う。味や香りを試す。匂いをかぐ。吟味する。

きく:菊。奈良時代、中国から渡来した。平安時代より秋を代表する花のひとつ。襲の色目。菊の花や葉を用いた文様。

 

たか:高い、大きい、立派なの意。

たか:最後に行き着くところ。とどのつまり。あげくのはて。

たが:誰の。誰が。

たかし:高い。高貴だ。優れている。自尊心がある。気位が高い。広く知られている。評判が高い。時間的に遠い。年月がたっている。老いている。

 

うら:心。思い。

うら:占い。

うら:入り江。湾。海辺。海岸。

うら:裏面。内部。裏地。

うら:うれ:葉や木の枝の先端。こずえ。葉末。

 

あだなみ:むやみに立ち騒ぐ波。変わりやすい人の心や、虚しい浮名の例えに用いられる。

 

あだな:恋愛に関する噂。浮気だという評判。浮名。うそつきだという噂。

 

なみ:波。波のような動きをするもの。しわ。

なみ:並ぶこと。並ぶ様子。列。続き。同類。同等。同列。共通する性質。普通だ。通りいっぺんだ。世間なみだ。

なみ:〜がないために。ないから。

なみ:涙。

 

かく:馬に乗って走る。

かく:破損する。傷つく。不足する。

かく:肩に乗せて運ぶ。かつぐ。

かく:吊り下げる。ひっかける。固定する。

かく:こちらから〜する。〜しかける。〜仕向ける。途中まで〜する。

かく:二つの地点をつなぐ。橋などをかけわたす。鍵をかける。覆う。かぶせる。水を浴びせかける。他の職を兼ねる。兼任する。対比する。口に出して言う。話しかける。人に情愛をそそぐ。目をかける。思いをかける。託す。預ける。大切なものを託す。目標にする。目指す。火をつける。捕らえる。だます。ある期間にわたる。関係づける。関わらせる。かこつける。

かく:こする。ひっかく。弾く。つまびく。髪をとかす。刃物で切り取る。引っ掻くようにつかまる。とりすがる。食べ物をかきこむ。

かく:このように。こう。こんなに。

 

そで:袖。

 

ぬる:濡れる。寝る。