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やすらはで寝なましものを小夜更けて傾(かたぶ)くまでの月を見しかな

 

赤染衞門(あかぞめえもん)

 

 

【出典】

『後拾遺集』巻十二・恋ニ・680

「なかの関白少将に侍ける時はらからなる人に物いひわたり侍けりたのめてこざりけるつとめて女にかはりてよめる」

 

【参考】

『後拾遺和歌集』の詞書によると、

藤原道隆が974年から976年にかけての少将時代に、

赤染衛門の姉妹のもとに通っていたが、

ある日、約束しながら来なかったので代作して詠んだ歌。

とある。

ところが、

『馬内侍集』にもこの歌が

「今宵必ず来むとて来ぬ人の許に」という詞書で収められている。

 

(『最新全訳古語辞典』・東京書籍より)

 

 

++【口語訳】(『最新全訳古語辞典』・東京書籍より)++

 

あなたがおいでになるとおっしゃらなければ、

ためらうことなく寝てしまいましたのに。

あなたをお待ちしているうちに、

夜が更けて西の空に傾くまで

月を見たことですよ。

 

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□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□

 

 

(※『和歌暗号(わかコード)』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

題詞;藤原道隆が、

左近衛少将の職に就いていたころ

(974年10月11日から977年1月・円融天皇の御代)。

私の姉妹(または、姉妹のように仲良くしていた馬内侍)のところに

ずっと通い続けていました。

彼女は彼が来ることを期待し、信じて待っていたのに、

その夜、彼は通ってこなかったのです。

翌朝、姉妹(または馬内侍)に変わって、歌を詠みました。

 

作者;赤染衛門

 

 

藤原懐子(かいし・ちかこ)様

(冷泉天皇の女御・花山天皇の生母)は、

975年4月3日に31歳の若さで逝去されました。

 

(藤原道隆と付き合っていた

赤染衛門の姉妹(または馬内侍)は、

彼が通って来るのを待っていましたが、

彼は藤原懐子様の臨終に付き添っていて

来ることが出来ませんでした。)

 

(来られないなら)

ためらわずに、

寝てしまえば良かったのだなあ…。

 

(事情を知らないものだから)

月が西に傾く朝方まで

「なぜ来てくれないのだろう…」と首をかしげて

待っていたのですよ。

 

 

藤原懐子様は、

月が西(極楽浄土の方向)に沈んで

姿が見えなくなるように、

 

その夜、

最後の息を吐いて亡くなられました。

 

彼は、

懐子様の命が尽き果てるまで

傍に寄り添って

最期のときを見届けていたのですよ。

 

(だから、

朝まで待っていても来られなかったのですよ)。

 

 

【和歌コード訳の解説】

 

詞書から、

藤原道隆が、左近衛少将の職に就いていたころ=

974年10月11日から977年1月だと分かります。

この3年ほどの間で、亡くなった貴人は

藤原懐子(かいし・ちかこ)(冷泉天皇の女御・花山天皇の生母)

です。

『馬内侍集』にもこの歌が収められており、

馬内侍は、藤原道隆と恋人だったと資料にあります。

赤染衛門の詞書にある「はらから(=きょうだい)」は

馬内侍を指している可能性もあります。

 

赤染衛門:956年頃〜1041年以後。

中古三十六歌仙。女房三十六歌仙。

源雅信邸に出仕。

源倫子(藤原道長の正妻)と

藤原彰子(藤原道長の娘)に仕えていた。

紫式部、和泉式部、清少納言、伊勢大輔と親交があった。

 

藤原道隆:953年〜995年4月10日(享年43)。

花山天皇の退位事件(寛和の変)で

父(兼家)の意を受けて宮中で活動。

甥にあたる一条天皇の即位後は、急速に昇進した。

娘(定子)を一条天皇に入内させる。

990年、父(兼家)の死後、関白・摂政。

朝政を主導するが僅か5年ほどで病に倒れる。

左近衛少将は、974年10月11日から977年1月(円融朝)。

 

馬内侍(うまのないし):生没年不詳。

中古三十六歌仙。女房三十六歌仙。

斎宮女御徽子(きし・よしこ)女王(村上天皇の女御)、

藤原媓子(こうし・てるこ)(円融天皇の中宮)

賀茂斎院選子内親王(村上天皇の皇女・冷泉天皇、円融天皇ときょうだい)、

東三条院詮子(せんし・あきこ)(円融天皇の女御・一条天皇の母)、

藤原定子(一条天皇の皇后)

に仕えていた。

藤原朝光・藤原伊尹・藤原道隆・藤原道兼などと恋愛関係があった。

 

藤原懐子(かいし・ちかこ):945年〜975年4月3日(享年31)。

冷泉天皇の女御。花山天皇の生母。

963年に、憲平親王(冷泉天皇)に入内。

 

 

はらから:母が同じである兄弟姉妹。

 

はら:腹部。その女性から生まれたこと、その子。考え。心の中。心の底。物の中央の部分。膨らんだ部分。

 

から:ため。ゆえ。

から:中国、朝鮮半島。

から:外殻。抜け殻。死体。亡骸。

 

ものいひ:ものを言うこと。ものの言い方。言葉遣い。評判。うわさ。非難を込めた言い方にも用いる。口の達者な人。議論好きな人。文句をつけること。口喧嘩。言い争い。

 

ものいふ:口に出していう。口をきく。気の利いたことをいう。秀句やしゃれなどをいう。男女が情を通わせる。

 

わたる:越えていく。過ぎる。通る。行く。過ごす。またがる。広く通じる。いらっしゃる。長い間ずっと〜し続ける。一面に〜する。ずっと〜する。

 

はべり:おそばにいる。おります。あります。ございます。〜てあります。〜でございます。

 

たのめ:頼りに思わせること。あてにさせること。期待させること。

たのむ:手ですくって飲む。

たのむ:期待する。あてにする。主人として仕える。身を託す。信頼する。

 

つとめて:早朝。前夜、何かがあった翌朝。翌早朝。

つとむ:努力する。精を出す。励む。仕事として行う。勤める。仏道に励む。仏道修行をする。

つと:じっと。そのまま。急に。さっと。

 

 

やすらふ:足を止める。たたずむ。立ち止まる。とどまる。滞在する。休む。休息する。休憩する。ためらう。躊躇する。

やす:痩せる。

 

ね:ぬ:寝る。

ね:音。鳴き声。泣き声。

 

なまし:生だ。新鮮だ。生々しい。未熟だ。不十分だ。

なまし:きっと〜ただろうに。きっと〜てしまうだろう。〜てしまおうか。

 

ものを:〜のに。〜ものの。〜けれど。〜ので。〜だなあ。〜のになあ。〜ものだなあ。

 

さよ:夜

ふく:風が吹く。口から吹きだす。勢いよく吹きだす。吹き上げる。

ふく:時がたつ。季節が深まる。夜が更ける。年をとる。老ける。

 

よ:現世。御代。治世。一生。生涯。寿命。世間。俗世間。時節。男女の仲。夫婦の仲。生活。暮らし。

よ:余り。以上。ほか。

よ:私。

よ:竹の節と節の間。

よ:夜。

 

かたぶく:傾斜する。かたむく。太陽や月が西へ沈みかける。終わりに近くなる。衰える。滅びる。首をかしげる。不思議がる。非難する。悪く言う。

 

かた:方向。方角。場所。部屋。方面。方法。手段。片方。組。ころ。時分。お方。

かた:絵。模様。形跡。痕跡。占いの結果。しきたり。形式。

かた:肩。鳥の翼の付け根部分。

かた:干潟。入り江。

かたし:壊れにくい。固い。厳しい。強い。

かたし:難しい。容易ではない。めったにない。まれである。

 

まで:〜まで。〜ほど。

まで:詣で。参上する。伺う。参詣する。

まて:待て。

 

つき:月。月の光。一か月。

つぎ:後に続く事。次位。劣る事。控えの間。跡継ぎ。世継ぎ。

つく:終わる。果てる。尽きる。なくなる。消え失せる。きわまる。

つく:呼吸する。息を吐く。食べ物をはく。うそをつく。

つく:突く。打ち鳴らす。手で支える。ぬかづく。

つく:築く。

つく:付着させる。体を寄せる。備わる。感情が生まれる。起こす。気にいる。取り憑く。後に従う。味方する。寄り添う。はっきりする。届く。就任する。関して。ちなんで。

 

みる:目にする。見て判断する。対面する。経験する。試みる。夫婦になる。世話をする。

 

みゆ:見える。目に入る。来る。現れる。思われる。感じられる。見かける。見なれる。人に見せる。人に見られる。人に会う。結婚する。