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滝の音(おと)は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞えけれ
大納言公任(きんとう)
【出典】
『千載集』巻ハ・雑上・1035・藤原公任
『拾遺和歌集』雑上・449では、初句「滝の糸は」。
「嵯峨大覚寺にまかりて、これかれ歌よみ侍りけるによみ侍ける・右衞門督公任」
【参考】
藤原行成の日記『権記』によれば、
999年9月12日に、作者の公任が藤原道長に随行し、
大覚寺の滝殿、栖霞観(せいかかん)で詠んだ歌。
大覚寺は嵯峨上皇の離宮のあったところで、
滝はこの歌から「名こその滝」と呼ばれる。
(『最新全訳古語辞典』・東京書籍より)
++【口語訳】(『最新全訳古語辞典』・東京書籍より)++
水がかれて、
滝の流れが落ちる音が聞こえなくなってから
長い年月が過ぎたが、
みごとな滝だったという名声だけは世に流れて、
今もなお聞こえている。
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□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□
(※『和歌暗号(わかコード)』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;嵯峨上皇の離宮があった大覚寺に伺ったとき、
あの人もこの人も、何やかやと歌を詠まれました。
その時に詠みました歌。
作者;大納言公任
花山天皇は、
寵愛していた藤原忯子様が亡くなったとき、
滝のように大量の涙を流して
香をたき、
ずっと激しく泣き声を上げておられました。
彼女が絶命し、
永遠の世界に逝かれてから
かなり時間が経ったので
滝のように激しく泣き叫ぶ声は
聞こえなくなって
久しくなりました。
しかし、
あの時の取り乱した様子は
今でも噂話として聞こえてきます。
なのに、出家後また、
四の君(藤原忯子の妹)に通いはじめられました。
そのことで
藤原隆家と伊周は流罪となり(長徳の変)、
再び
花山法皇の噂話が聞こえてくることですよ。
【和歌コード訳の解説】
藤原公任:966年〜1041年1月1日(享年76)
1009年〜1024年、権大納言。
1026年、出家。
円融天皇、花山天皇、一条天皇、三条天皇、後一条天皇に仕えた。
999年は、一条天皇の御世。
花山天皇:968年10月26日〜1008年2月8日(享年41)。
在位:984年8月27日〜986年6月23日。
冷泉天皇の第一皇子。
母は、藤原懐子。
986年6月22日、出家。
藤原忯子(しし・よしこ):969年〜985年7月18日(享年17)。
花山天皇女御。
花山天皇から深い寵愛を受け、懐妊したが、妊娠中に急死。
花山天皇は嘆き悲しみ、出家を考えるようになった。
長徳の変:996年頃、藤原伊周が通っていた娘(三の君)と
四の君(藤原儼子(たけこ))は同じ屋敷に住んでいた。
出家した花山法皇は、この四の君の元に通い出す。
(四の君は、かつて寵愛した藤原忯子の妹)。
それを伊周は自分の相手の三の君に通っているのだと誤解。
弟(隆家)に相談する。
996年1月16日、隆家は従者を連れて花山天皇の一行を襲撃。
法皇の衣の袖を弓で射抜く。
花山法皇は、出家の身での女通いが露見する体裁の悪さと
恐怖のあまり、口をつぐんで閉じこもっていた。
この事件の噂は広まり、藤原道長により
隆家と伊周は出雲と太宰府に左遷・配流。
藤原儼子は花山院の死後、
藤原道長の妾となり懐妊するが、出産時に死亡している。
かれこれ:あれとこれ。あの人とこの人。あれとこれと。何やかやと。おおよそ。だいたい。
たき:急流。激流。滝。
たき:希望の助動詞「たし」の連用形。
たく:燃やす。香をくゆらす。香をたく。
たく:髪などをかきあげる。束ねる。馬に手綱を操る。舟の櫂や櫓を操る。舟を漕ぐ。
おと:弟、妹。末っ子。
おと:物音。響き。声。鳴き声。評判。うわさ。便り。おとさた。
とは:永遠。
たゆ:切れる。途絶える。やむ。絶命する。離縁する。
ひさし:時間が長い。長く続く。久しぶりである。しばらくぶりだ。馴染み深い。
なる:生まれ出る。生じる。実がなる。実る。
なる:成立する。成就する。変わる。変化する。落ちぶれる。時や場所に達する。おいでになる。おでましになる。
なる:よれよれになる。着古す。使い古す。くたびれる。
なる:営む。
なる:慣れる。慣れ親しむ。うちとける。なじむ。
ぬる:濡れる。寝る。
な:おまえ。あなた。
な:名前。名称。呼び名。評判。うわさ。名声。名目。虚名。
な:おかず。野菜。食用とする魚類。
ながる:流れる。漂っていく。流れていく。涙が流れ落ちる。雨が降る。時が過ぎる。伝わっていく。流布する。めぐる。生きながらえる。流罪になる。左遷される。
なほ:まっすぐなこと。いつわりのないこと。ふつうに。平凡に。何もしないで。そのまま。
なほ:もとのまま。依然として。なんといってもやはり。さらに。ますます。いっそう。同様に。やはり同じように。それでもやはり。そうはいっても。〜でさえやはり。むしろ。やはりまた。再び。ちょうど。まるで。
きこゆ:聞こえる。評判になる。世に知られる。理解できる。