《新古今和歌集・巻第五・秋歌下》

 

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郁芳門院の前栽合(せんざいあはせ)によみ侍りける

藤原顕綱朝臣

ひとり寝やいとど寂しきさ牡鹿(をしか)の朝臥(ふ)す小野(をの)の葛(くず)の裏風(うらかぜ)

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

郁芳門院の前栽合に詠みました歌

藤原顕綱朝臣

独り寝がいよいよ寂しいことか。

牡鹿の、朝を迎えて寝ている野の、

葛の葉を裏返して吹く風よ。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;郁芳門院(媞子(ていし・やすこ)内親王・白河院の第一皇女)が

21歳の若さで亡くなられました。

郁芳門院の前栽合に詠みました歌。

 

作者;藤原顕綱

 

 

最愛の皇女を亡くされた白河院。

 

ただでさえ寂しいのに、

一人で寝ているとますます一層、

寒々として

寂しさが募ります。

 

愛おしく、可愛いらしかった皇女を亡くされた

白河院は、

朝になっても

気が滅入ってふさぎこみ、

床に臥しておられました。

 

冷たい秋風が

葛の葉を翻らせて

白い裏側を見せておりますよ。

 

白河院の心の内にも

冷たい風が

通り過ぎていらっしゃるのでしょう。

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

この歌も、

前の歌(449番)と同じテーマを詠んでいます。

 

藤原顕綱:1029年〜1103年6月27日?(享年75?)。

 

媞子(ていし・やすこ)内親王:1076年4月5日〜1096年8月7日(享年21)。

郁芳門院

白河天皇の第一皇女。

母は、藤原賢子。

白河院の第一最愛の内親王。

容姿麗しく優美であり、施しを好む寛容な心優しい女性であったという。

内親王は21歳の若さで早世。

最愛の皇女を亡くした白河院は悲嘆のあまり2日後に出家。

 

せんざいあはせ:物合わせの一種。左右二組に分かれ、それぞれが作った前栽やそれを詠んだ歌の優劣を競う遊び。

 

せんざい:庭先に植えた草木。庭木。うえこみ。

 

せんざい:千年。長い年月。

 

ひとり:ひとり。単身。独身。自然に。ひとりでに。

 

ね:寝る

 

いとど:いよいよ。いっそう。ますます。そのうえさらに。ただでさえ〜なのにさらに。

 

さびし:ひっそりとしている。ひっそりとしていて寂しい。なんとなく寒々としている。心が満たされず楽しくない。貧しい。

 

さをしか:牡の鹿

さを:竿。衣紋掛け。

をし:夫婦仲が良いこと。

をし:いとおしい。愛らしい。かわいい。惜しい。捨てがたい。名残惜しい。

をし:貴人が通るとき、人々をしずめる声。

 

あさ:朝

 

あさし:浅い。まがない。思いやりや愛情などが軽い。薄い。考えが足りない。情趣が劣る。平凡だ。色や香りが淡い。うすい。身分や位が低い。

 

ふす:横になる。寝る。床につく。うつぶす。倒れ伏す。ひそむ。

 

をの:野。野原。斧。

 

くず:秋の七草。葉の裏側が白く、秋風に翻る様子から、歌では「うらみ」にかけて用いることが多い。

くす:気が滅入る。ふさぎこむ。

ぐす:備わる。そろう。付き従う。一緒に行く。結婚する。

 

うら:入り江。湾。海辺。

うら:裏面。内部。裏地。

うら:うれ:葉や木の枝の先端。こずえ。葉末。

 

かぜ:風。風邪。風習。ならわし。伝統。

 

うらかぜ:海辺を吹く風。浜風。

 

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

讃岐入道集