《新古今和歌集・巻第三・夏歌》
192
加茂に籠りたりける暁、ほととぎすの鳴きければ
弁乳母(べんのめのと)
郭公(ほととぎす)み山出(い)づなる初声をいづれの宿のたれか聞くらん
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
賀茂神社に籠っていた暁に、ほととぎすが鳴いたので
弁乳母
ほととぎすの、
山を出て鳴くというこの初声を、
この家の誰が聞いているのであろうか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;祈願したいことがあり、
賀茂神社に籠っていました。
明け方に、
「ほととぎすが鳴いた」=「あの方が亡くなった」
という声を聞いたので歌を詠みました。
作者;弁乳母
天皇(後一条天皇か、後冷泉天皇)の魂が、
皇居を出ていった(亡くなった)のだろう。
「命が果ててしまった」と泣いている声がしたと
誰かが庭先で聞いたようです。
明け方に
臨終となった時の周囲の人々の泣き声を
誰かが聞いて、
(賀茂神社に籠っている)私に知らせてくれました。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
『弁乳人集』では、
題「四月にほととぎすのなきければ」とあるので、
4月に亡くなった人物のことを言っているはずです。
作者、弁乳母の確かな生没年がわかりませんが、
周辺の情報から調べました。
すると、作者の生きた時代、
二人の天皇が4月に亡くなっています。
後一条天皇と後冷泉天皇です。
二人とも病のため、在位のまま崩御しています。
この前の歌(191番)の作者が紫式部なので、
その繋がりで考えると、
後冷泉天皇のことを言っている可能性が高いでしょうか。
紫式部の娘は、後冷泉天皇の乳母でした。
弁乳母(べんのめのと):生没年不詳。
1013年〜禎子(ていし・さだこ)内親王(三条天皇皇女)の乳母。
江侍従や周防内侍らと親交があった。
1078年、内裏歌合への出詠が現存作品の最後。
周防内侍(すおうのないし):1037年頃〜1109・1111年以前。
女房三十六歌仙。
後冷泉天皇・後三条天皇・白河天皇・堀河天皇に仕えた。
禎子内親王(陽明門院):1013年7月6日〜1094年1月16日(享年82)。
三条天皇の第三皇女。
後朱雀天皇の皇后。
後一条天皇:1008年9月11日〜1036年4月17日(享年29)。
父は、一条天皇。
母は、藤原彰子。
糖尿病のため、突然崩御。
譲位の儀式が間に合わなかった。
後冷泉天皇:1025年8月3日〜1068年4月19日(享年44)。
父は、後朱雀天皇。
母は、藤原嬉子。
紫式部の娘、大弐三位が乳母だった。
かも:鴨。賀茂。賀茂神社。
こもる:包まれている。囲まれている。ひそむ。隠れ住む。閉じこもる。引きこもる。神社や寺に泊まって祈願する。
こもる:子+もる
もり:守ること。番人。子守。
もり:森。神が宿る木立。神社の森。
もる:高く積み上げる。薬や酒を飲ませる。
もる:隙間から外に出る。こぼれる。もれる。秘密がばれる。選択から外れる。除かれる。
もる:もぎ取る。摘み取る。
もる:守る。番をする。見張る。気をつける。人目をはばかる。様子をうかがう。
あかつき:明け方
ほととぎす:初夏に渡来し、秋に南方へ帰る。巣を作らず、ウグイスなどの巣に卵を生んで雛を育てさせる。夏の訪れを告げる代表的な渡鳥。昼だけでなく夜も鳴く。山からやってきて山に帰るものと思われ、「山ほととぎす」とも言った。
ほとけ:仏陀。釈迦。仏像。仏法。死者。死者の霊。大切な人。情け深い人。おひとよし。
とき:時間。時刻。時候。季節。時代。御代。場合。とき。栄えているとき。時勢。良い機会。当時。その場。
とき:僧の食事。法事。
とぎ:話し相手。寝床の相手。看病をする人。
とく:話してわからせる。説明する。
なく:鳴く。泣く。亡く。無く。
みや:神社。宮殿。皇居。皇族の敬称。
みやま:奥深い山。奥山。
みやま:山の美称。天皇の墓。御陵。山陵。
やま:山岳。比叡山。墓地。天皇の陵。多く積み重なっていること。憧れたりあおぎみたりするもの。物事の絶頂。物事の最も重要な段階。
いづ:出る。現れる。出発する。人に知られる。離れる。逃れる。〜出す。〜始める。
いつ:こおる。こおりつく。凍てつく。
はつ:はじめての。新しい。
はつ:終わる。尽きる。死ぬ。亡くなる。すっかり〜する。〜し終わる。
はつ:停泊する。
こゑ:人の声。動物の鳴き声。ものが立てる音。音楽。
いづれ:どの。いつ。どこ。
やど:家の戸。家。自宅。庭先。泊まるところ。主人。
たれ:どの人。誰。
きく:うまく働く。役に立つ。上手である。優れている。
きく:聞いて知る。聞いて思う。聞き入れる。尋ねる。問う。味や香りを試す。匂いをかぐ。吟味する。
らん:今ごろは〜ているだろう。どうして〜のだろう。〜とかいう。〜ような。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
籠り;なにかを祈念するために参籠していた。
なる;伝聞の意
「弁乳人集」では、題「四月にほととぎすのなきければ」。
第三句「忍び音は」。