母(藤原高子)と叔父(藤原基経)の確執により

 

陽成天皇が、強引に天皇の位から降ろされ、

 

復位を画策したけれど

 

上手くいかず、二度と復位することがなかった…というテーマ。

 

『古今和歌集』の中に何度も何度も詠まれています。

 

 

この歌👆は

 

9月末日に陽成天皇が復位を泣く泣く諦めて

 

去っていったことがうたわれています。

 

 

(9月末は、光孝天皇から宇多天皇へと皇位継承された日です。)

 

 

 

 

陽成天皇が復位を期待したのには

 

それなりの理由があります。

 

 

陽成天皇の次に

 

天皇となった光孝天皇は、

 

「自分の子孫には皇位継承させない。自分一代だけ」と約束して

 

天皇になりました。

 

実際、全ての子孫を臣籍降下して、

 

皇位を継ぐことができないように取り計らっていたのです。

 

だから、

 

陽成天皇は、

 

「光孝天皇の次にもう一度、天皇に復帰できるのではないか」と

 

期待してしまったのですね。

 

 

しかし、

 

実際に光孝天皇が崩御してみると…

 

 

臣籍降下していたはずの光孝天皇の息子が

 

宇多天皇として即位しました。

 

 

臣籍降下していた人をわざわざ復帰させて天皇に就任させる…

 

このような皇位継承は、前代未聞のことでした。

 

 

 

陽成天皇の立場になって考えてみると、

 

たしかに、

 

裏切られた悲しみや怒りが込み上げてくる…

 

…そういう気持ちも分からなくはありませんね。