《新古今和歌集・巻第二・春歌下》

 

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花十首歌よみ侍りけるに

左京大夫顕輔(あきすけ)

麓(ふもと)まで尾の上(をのへ)の桜散り来(こ)ずはたなびく雲と見てや過ぎまし

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「花」の題の十首の歌を詠みました時に

左京大夫顕輔

山の峰の桜が麓まで散ってこなかったならば、

たなびく雲に見間違えて、

通り過ぎることであろうか。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;この世を離れて逝く人のことをよむ

 

作者;藤原顕輔

 

山のいただきで散った桜が

山のふもとまで来ることがなかったら、

ただ、雲が流れているだけだと

見過ごしていたでしょうね。

ある高貴なお方が亡くなったことを

存じ上げませんでした。

私たち、臣下のところまで

天皇家の誰かが亡くなったことが

知らされてくることがなかったので。

もし、知らないままだったら

あの方が流している涙を見過ごしていたでしょう。

また、

火葬の煙を、

ただのたなびく雲だと思って

見過ごしていたことでしょう。

 

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

この歌は、「比喩」によって成り立っています。

「をのへ」は、直訳では「山のいただき」ですが、

「天皇のいる場所」のことを比喩しています。

それに対して

「ふもと」は、「山のふもと」で、

「臣下のいるところ」の比喩。

「たなびく雲」は、「横にたなびく雲」ですが、

「涙」や、「心のうれい」「火葬の煙」を比喩していますね。

 

藤原顕輔:1090年〜1155年5月7日(享年66)。

1139年1月から左京大夫。

『詞花和歌集』の撰者。

 

この頃、亡くなった人物で該当しそうなのは…

聖恵法親王:1094年〜1137年2月11日(享年44)。

白河天皇の第五皇子。

がいます。

しかし、この歌が実際、誰のことをうたっているのかは

定かではありません。

 

はな:花。薄い藍色。華やかないこと。栄えていること。うつろいやすいこと。上辺だけの美しさ。芸の華やかさ。祝儀。

はな:先端。末端。はし。

はな:鼻。鼻水。風邪。

はなつ:身から離す。手放す。自由にする。逃がす。あける。開く。発する。矢をいる。火をつける。除外する。追放する。流罪にする。

 

ぶも:父と母

 

をのへ:山のいただき。山の高いところ。

 

さく:遠くへやる。放つ。遠ざける。引き離す。

さく:切り離す。割る。引き裂く。切れて分かれる。割れる。裂ける。

さく:無事に。変わりなく。つつがなく。幸に。

さぐ:つるす。ぶら下げる。垂らす。おろす。低くする。後ろへさげる。退かせる。退出させる。格下げする。見下す。見下げる。侮る。

くらす:心を暗くする。悲しみに暮れさせる。

くらす:日が暮れるまで時を過ごす。過ごす。月日を送る。生活する。日が暮れるまで〜する。〜続けて1日を過ごす。

 

ちる:散る。散らばる。散り落ちる。別れ別れになる。ばらばらになる。世間に広まる。知れ渡る。気が散る。落ち着かない。まとまらない。

ちり:ほこり。わずかなこと。少しの汚れ。わずかな汚点。小さな欠点。この世の汚れ。俗世間。

ちり:散ること。散るもの。

 

たなびく:霞などが横に長く引く。たなびかせる。長く連なる。引き連れる。

 

くも:雲。雲のようにみえるもの。心が晴れないこと。心のうれい。うっとおしいこと。火葬の煙。死ぬこと。

 

みる:目にする。見て判断する。会う。経験する。試みる。妻とする。世話をする。

 

すぎ:杉。神木。

すぐ:通り過ぎる。経過する。世を渡る。終わりになる。度をこえる。まさる。人が死ぬ。消える。

 

まし:もし〜としたら〜だろうに。〜たらよい。〜たらよかった。〜うかしら。できれば〜たい。〜だろう。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

十首歌;めいめいが十首ずつの歌を詠む催し。