《新古今和歌集・巻第二・春歌下》
124
花十首歌よみ侍りけるに
左京大夫顕輔(あきすけ)
麓(ふもと)まで尾の上(をのへ)の桜散り来(こ)ずはたなびく雲と見てや過ぎまし
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
「花」の題の十首の歌を詠みました時に
左京大夫顕輔
山の峰の桜が麓まで散ってこなかったならば、
たなびく雲に見間違えて、
通り過ぎることであろうか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;この世を離れて逝く人のことをよむ
作者;藤原顕輔
山のいただきで散った桜が
山のふもとまで来ることがなかったら、
ただ、雲が流れているだけだと
見過ごしていたでしょうね。
=
ある高貴なお方が亡くなったことを
存じ上げませんでした。
私たち、臣下のところまで
天皇家の誰かが亡くなったことが
知らされてくることがなかったので。
もし、知らないままだったら
あの方が流している涙を見過ごしていたでしょう。
また、
火葬の煙を、
ただのたなびく雲だと思って
見過ごしていたことでしょう。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
この歌は、「比喩」によって成り立っています。
「をのへ」は、直訳では「山のいただき」ですが、
「天皇のいる場所」のことを比喩しています。
それに対して
「ふもと」は、「山のふもと」で、
「臣下のいるところ」の比喩。
「たなびく雲」は、「横にたなびく雲」ですが、
「涙」や、「心のうれい」「火葬の煙」を比喩していますね。
藤原顕輔:1090年〜1155年5月7日(享年66)。
1139年1月から左京大夫。
『詞花和歌集』の撰者。
この頃、亡くなった人物で該当しそうなのは…
聖恵法親王:1094年〜1137年2月11日(享年44)。
白河天皇の第五皇子。
がいます。
しかし、この歌が実際、誰のことをうたっているのかは
定かではありません。
はな:花。薄い藍色。華やかないこと。栄えていること。うつろいやすいこと。上辺だけの美しさ。芸の華やかさ。祝儀。
はな:先端。末端。はし。
はな:鼻。鼻水。風邪。
はなつ:身から離す。手放す。自由にする。逃がす。あける。開く。発する。矢をいる。火をつける。除外する。追放する。流罪にする。
ぶも:父と母
をのへ:山のいただき。山の高いところ。
さく:遠くへやる。放つ。遠ざける。引き離す。
さく:切り離す。割る。引き裂く。切れて分かれる。割れる。裂ける。
さく:無事に。変わりなく。つつがなく。幸に。
さぐ:つるす。ぶら下げる。垂らす。おろす。低くする。後ろへさげる。退かせる。退出させる。格下げする。見下す。見下げる。侮る。
くらす:心を暗くする。悲しみに暮れさせる。
くらす:日が暮れるまで時を過ごす。過ごす。月日を送る。生活する。日が暮れるまで〜する。〜続けて1日を過ごす。
ちる:散る。散らばる。散り落ちる。別れ別れになる。ばらばらになる。世間に広まる。知れ渡る。気が散る。落ち着かない。まとまらない。
ちり:ほこり。わずかなこと。少しの汚れ。わずかな汚点。小さな欠点。この世の汚れ。俗世間。
ちり:散ること。散るもの。
たなびく:霞などが横に長く引く。たなびかせる。長く連なる。引き連れる。
くも:雲。雲のようにみえるもの。心が晴れないこと。心のうれい。うっとおしいこと。火葬の煙。死ぬこと。
みる:目にする。見て判断する。会う。経験する。試みる。妻とする。世話をする。
すぎ:杉。神木。
すぐ:通り過ぎる。経過する。世を渡る。終わりになる。度をこえる。まさる。人が死ぬ。消える。
まし:もし〜としたら〜だろうに。〜たらよい。〜たらよかった。〜うかしら。できれば〜たい。〜だろう。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
十首歌;めいめいが十首ずつの歌を詠む催し。