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【本文】

 

十四日。暁より雨降れば、同じところに泊まれり。

船君、節忌す。精進物なければ、午時より後に、

楫取の昨日釣りたりし鯛に、銭なければ、米をとりかけて、

落ちられぬ。

 

かかること、なほありぬ。

楫取、また鯛持て来たり。

米、酒、しばしばくる。

楫取、気色悪しからず。

 

十五日。今日、小豆粥煮ず。

口惜しく、なほ日の悪しければ、

ゐざるほどにぞ、今日、二十日あまり経ぬる。

いたづらに日を経れば、人々、海を眺めつつぞある。

 

女の童のいへる、

 

立てば立つゐればまたゐる吹く風と波とは思ふどちにやあるらむ

 

いふかひなき者のいへるには、いと似つかはし。

 

十六日。風波やまねば、なほ同じところに泊まれり。

 

ただ、海に波なくして、いつしか御崎といふところわたらむ、

とのみなむ思ふ。

風波、とににやむべくもあらず。

ある人の、この波立つを見てよめる歌、

 

霜だにも置かぬかたぞといふなれど波の中には雪ぞ降りける

 

さて、船に乗りし日より今日までに、

二十日あまり五日になりにけり。

 

 

【しじまにこオリジナル「和歌コード」的翻訳】

 

 

正月十四日。

(十四日は、斎日:在家信者が心身を清め、行動を慎む日)

明け方から雨が降っていたので、同じところに留まっている。

船の長が節忌(斎日に肉などを食べず、精進潔斎すること)をする。

しかし、節忌をするための精進料理の材料がない。

そこで、午後になって(正午から後)、

舵取が昨日釣ってきた鯛と引き替えに、

お金もないので、米と交換して、精進落としをされた。

 

このようなことが今後もあるだろう、ということで、

楫取はまた鯛を釣って持ってきた。

そうすると、(楫取の手元に)米や酒がしばしば(交換されて)来ることになる。

なので、楫取は機嫌が悪かろうはずがない。

 

正月十五日。

(一月十五日は、年中の邪気を払うために小豆粥を食べる習慣がある)

今日は、小豆粥を煮るはずの日だが、(旅の途中なので)煮ない。

年中行事が出来ないのは、残念だし、つまらないのだが、

今日もまだ天気が悪いので、同じ場所に留まっている。

そうやって旅が進まないうちに

今日は、もう二十日余り経過したことになる。

無為に日々を過ごしているので、人々はずっと海を眺めるばかりである。

 

女の子が詠んだ歌

 

風が立てば(吹けば)波が立つ、

風がそこに居れば波もまたそこに居る、

風がおさまれば波もまたおさまる。

吹く風と波とは仲の良い友達同士なのだろうなあ。

 

いかにも子どもっぽい歌であるが、

今のこの状況にとても合った言葉だ。

 

正月十六日。

風波が止まないので、まだ同じところに留まっている。

 

今、考えることは、

ただただ、海に波が立たないで、

早く御崎(室戸岬)という土地に渡りたい…

そのことばかりである。

しかし、風波は、急には止むはずもない。

ある人が、このように海が波立っているのを見て詠んだ歌

 

今私たちがいる地方は温暖で、

霜も降りることがないというのだけれど、

波の中は雪のように真っ白で、

雪が降るように荒れていますよ。

 

さて、船を出航させてから今日までに、

既に二十五日も経っているのである。

 

 

 

 

 

⭐️✨⭐️次回へつづく…⭐️✨⭐️