《新古今和歌集・巻第一・春歌上》

 

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題知らず

読人しらず

今さらに雪降らめやもかげろふの燃ゆる春日(はるび)となりにしものを

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

題知らず

読人しらず

今になって雪の降ることがあろうか。

陽炎の燃える春の日となってしまったのに。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞と作者;題も作者も伏せておきますが、

黄泉の国へいかれた基王についての歌

 

 

今さら、

雪が降るように大泣きに泣いても

季節が戻って雪が降るようなことは起こらないだろう。

 

聖武天皇と光明皇后の間に生まれた男子(基王)は

春宮となるはずだったが、

かげろうのように儚い命は燃え尽きて亡くなってしまった。

遥か彼方、天国へ旅立たれた春宮となってしまったのですから。

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

「赤人集」「古今六帖」にある歌と同形。

「万葉集」の原歌は

「今更に雪降らめやもかぎろひの燃ゆる春べとなりにしものを」

 

この歌とこの前の歌(20番)は、

どちらも「万葉集十」におさめられています。

21番のこの歌は「よみ人しらず」ですが、

「赤人集」にもおさめられています。

20番の作者、大伴家持と

21番の作者、山部赤人の共通点を調べると

どちらも聖武天皇の御代に活躍していることが分かりました。

 

そこから、この歌に関連する歴史的事実を探しました。

 

聖武天皇と光明皇后の間に生まれた唯一の男子は基王(もといおう)です。

待望の男子を得た天皇に喜びはひとしお。

生後わずか32日で皇太子に立てられます。

天皇や皇太子は、成人であることが求められた当時としては

きわめて異例な措置でした。

しかし、翌年には病気となり、生後1年に満たずに夭逝します。

(基王生没年:727年閏9月29日~728年9月13日)

 

聖武天皇と光明皇后の間にはついに男子が育たなかったので

子息は阿倍内親王(孝謙天皇)のみでした。

738年1月13日、阿倍内親王が立太子。

史上唯一の女性皇太子となります。

 

20番、21番の歌は「春」の歌ですので、

1月13日、女性が立太子したことがテーマだと

思われます。

 

 

 

いまさら:今となってはもう必要ない。今となっては仕方がない。今改めて。今となってまた。今初めて。今新たに。

ゆき:雪。逝き。泣いている。

ふる:雪が降る。振る。震る。経る。古くなる。

やも:~か、いや~ない。どうして~か。~かなあ。

かげ:光。姿や形。面影。影法師。痩せ衰えた姿。やつれた姿。虚像。幻影。影のように寄り添って離れないもの。死者の霊、魂。

かげろふ:とんぼ。はかないもの。

かげろふ:ちらつく。ちらちらする。ほのめく。光が遮られて陰になる。かげる。

もゆ:燃える。火がついて炎や煙がたつ。光を放つ。輝く。情熱が高まる。心が高ぶる。

はるび:「はらおび」の変化した形。馬具。

はるひ:春の一日

はる:春宮。遥か。晴れる。張る

となり:~ということだ。

なる:生まれる。生じる。実る。成立する。成就する。変化する。落ちぶれる。達する。御出でになる。おでましになる。

ものを:~のに。~ものの。~けれど。~だなあ。~のになあ。~ものだなあ。