古歌奉りし時の目録のその長歌

つらゆき

 

ちはやぶる神の御代よりくれ竹の世々にもたえず

天彦のおとはの山の春霞思ひみだれて五月雨の

空もとどろにさ夜ふけて山ほととぎす鳴くごとに

誰もねざめて唐錦たつたの山のもみぢ葉を

見てのみしのぶ神無月しぐれしぐれて冬の夜の

庭もはだれに降る雪のなほ消えかへり年ごとに

時につけつつあはれてふことを言ひつつ君をのみ

千代にといはふ世の人の思ひするがの富士の嶺の

もゆる思ひもあかずして別るる涙藤衣織れる心も

八千種の言の葉ごとにすべらきのおほせかしこみ

巻々の中につくすと伊勢の海の浦のしほがひ

拾ひあつめとれりとすれど玉の緒のみじかき心

思ひあへずなほあらたまの年をへて大宮にのみ

ひさかたの昼夜わかず仕ふとてかへりみもせぬ

わが宿の忍ぶ草おふる板間あらみ降る春雨の

もりやしぬらむ

 

 

〈古今和歌集  巻第十九   雑体       1002〉

 

 

++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++

 

和歌は神代から幾世代をも経て絶えることがない。

音羽の山の春霞を見て思い乱れて詠んだ歌、

五月雨の空も響くばかりに夜ふけて山ほととぎすが鳴くごとに

皆が寝覚めて詠んだ歌、龍田山の紅葉ばを見て賞翫してよむ歌、

十月になって時雨が降り冬の夜の庭にもうっすらと降る雪のように、

まったく消えいるような思いでよんだ歌、…というように

毎年、四季の折々につけて、「あはれ」という言葉を

何度も発しつつ、またあなただけは千代もあれかしと寿ぐ歌、

この世の人なら誰でもする駿河の富士の嶺のように

燃える恋の炎をよんだ歌、充たされぬままに別れる涙をよんだ歌。

喪服としての藤の衣を織っている心をよんだ歌、

このようにたくさんの和歌をそれぞれに、天皇様の仰せを尊重して、

巻々の中に配列し尽くそうとして、伊勢の海の浦の潮貝のように

美しい歌を拾い集め、収め得たと自分では思うのだが、

私どもの至らぬ心で思慮もおよばず、やはり長い間、

宮中にのみ昼となく夜となくお仕えするとてかえり見もせぬ

我が宿の忍ぶ草が生い茂り、貼ってある板屋根の間が荒いので、

降る春雨が漏っているのではないかと思われるのと同様に、

すぐれた歌を漏らしているのではないかと心配であるよ。

 

+++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

 

□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□

 

 

(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

題詞;古今和歌集を醍醐天皇に献上する際の、目次に関する長歌

 

作者;古今和歌集の撰者、紀貫之

 

 

 

古代の荒々しい神が国を治めていた時代から

 

沢山の節目の時代を過ぎてきたこの長い間にわたり、

 

絶えずいつでも

 

山彦のようにずっと鳴っていたこの世の音。

 

それらを古今和歌集におさめようとしています。

 

「春の歌」には、春霞がかかったように涙で目の前が霞み、

 

思い悩んでいる歌を。

 

「夏の歌」には、

 

五月雨が降りつづけるように気持ちが沈んでいる歌を。

 

また、夜中にほととぎすが鳴くように

 

どこからか誰かの泣き声が聴こえてきて、

 

誰もが夜中に目を覚ましていた光景を詠んだ歌を。

 

「秋の歌」には、亡くなった人との辛い別れの歌を。

 

手をこすり合わせる人々を見て、頭を垂れて祈り、

 

悲しみを堪え忍ぶ歌を。

 

 

「冬の歌」には

 

十月になり、冬の夜に時雨が降るように涙ぐみ、

 

庭にも雪が降るように大粒の涙がはらはらと流されていた歌を。

 

また、雪がすっかり消えるように、死ぬほど思い詰めていた歌を。

 

このように

 

その年ごとに、その時々に応じて

 

「ああ、悲しい。つらい」という言葉が歌に詠まれています。

 

 

天皇が永遠に栄えるようにと「賀の歌」をうたい、

 

現世に生きる人々が人を恋しく思う気持ちが

 

富士山のように飽きることなくずっと燃えている様子を

 

「恋の歌」に入れました。

 

別れの涙は、「離別の歌」として。

 

喪服がよまれた時は「哀傷の歌」として。

 

たくさんの種類の言葉ごとに

 

天皇の仰せを謹んで承った書物の一巻一巻のなかに

 

持っている全てを出しました。

 

伊勢の海の浦に落ちている貝殻を全て拾い集めてきて

 

「古今和歌集」という書物におさめようとしています。

 

しかし、思慮が足りない私の心では思い及ばない点もあります。

 

依然として、作業は続いております。

 

さらに新しい年を迎えて

 

皇居に昼夜を問わず長い間仕えて

 

作業を続けています。

 

私の家のことはかえりみず、世話もしていないので

 

板葺き屋根の板と板の間に忍ぶ草が生えて、

 

今頃は、降ってきた春雨に雨漏りがし始めていることでしょう。

 

 

私の家族のことは顧みず、仕事に励んでいます。

 

ですので

 

私の家族は「忍ぶ草」のように「耐え忍んで」くれています。

 

きっと、(私が全然帰って来ないので)春雨が降るように涙を流していますよ。

 

雨漏りがするほど泣いていなければいいのですが…(笑)。

 

とにかく、古今和歌集に挿入する歌は、

 

雨漏りのように漏らす訳にはいきません。

 

がんばりますよ。

 

□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□

 

 

古今和歌集の撰者、紀貫之の歌です。

古代からうたわれてきた優れた歌をまとめるようにと

醍醐天皇から託された貫之。

古今和歌集のまとめ方について

説明しています。

 

 

ちはやぶる;勢いが強い。荒々しい。神にかかる枕詞

くれたけ;竹の節

くれ;なにがし。だれだれ

くる;目がくらむ。涙で目が見えなくなる

くる;日が暮れる。終わる。すぎる

くる;くれる。与える。糸を繰る

たけ;身長。高さ。勢い。竹。山頂

よよ;多くの世代。代々。

あまびこ;やまびこ。こだま

あまびこの;おとにかかる枕詞

おと;音。声。なきごえ

とは;永遠

やま;たくさん

はる;遥か

かすみ;涙で目の前が霞む

おもひみだる;あれこれと思い悩む。どうしようかと考えあぐむ

さみだれ;五月ごろに降る長雨。夏

そら;あてにならない。ムダだ。うそ。いつわり

そら;天空。天候。不確かな方向。気持ち。心。たたずまい

とどろ;どうどう。ごうごう

さよ;夜

ふく;夜が更ける。年をとって老ける。

ほととぎす;初夏に渡来し、秋に南方へ帰る。夏

なく;泣く。鳴く

ねざめ;眠りから覚めること。夜中や明け方に目を覚ますこと

からにしき;中国渡来の錦。紅葉のたとえ

から;なきがら。ぬけがら

からし;つらい。せつない。むごい。いやだ。不快だ。危うい。ひどい

たつ;立つ。旅立つ。断つ

もみぢ;秋

もむ;両手をすり合わせる。もみあう

みつ;満ちる

みち;道

のむ;頭を垂れて祈る

しのぶ;秘密にする。こらえる。我慢する。思い慕う。恋い慕う。褒め称える

かみなづき;十月。冬

しぐれ;晩秋から初冬にかけて降ったり止んだりする雨。冬。

しぐる;涙ぐむ

よ;私。節。治世。現世

はだれ;はらはらと降る雪。まだらだ

きえかえる;すっかり消える。消え失せる。死ぬほどに思い詰める

とし;早い。年

ときにつけつつ;時節の景物に託して

ときにつく;その時々に応じる

あはれ;感慨深い。情が深い。いとしい。かわいい。素敵だ。感心だ。悲しい。寂しい。気の毒だ。尊い。ありがたい

きみ;天皇。風味。味わい。気持ち。気分

きみをのみちよにといはふ;賀の歌のこと

ふじ;不死

あかず;不満足だ。名残惜しい。飽きない

わかるるなみだ;離別の歌

ふぢごろも;喪服。哀傷のうた

ふぢ;藤原氏

おる;ぼんやりする。間が抜ける

をり;居る。座っている。~し続ける

をる;曲げる。折る。気がくじける。和歌で続きが悪い

やちぐさ;たくさんの種類

すべらき;天皇

おほせ;おっしゃること。ご命令

かしこみ;恐れ敬う

すべらきのおほせかしこみ;天皇の仰せを謹んで承った

まき;書物の各区分

つくす;終わりにする。持っている全てを出す。きわめる

いせのうみ;伊勢湾。伊勢国の海全体

うら;心の底

しほがひ;海の貝

たまのを;短いこと。ほんの少しの間。命。生命

みじかし;短い。身分が低い。思慮、分別が足りない。少ない。浅はかだ。せっかちだ。短気だ。飽きっぽい

おもひあへず;思い及ばない。

たまのをのみじかきこころおもひあえず;思慮が足りない私の心では思い及ばない。

なほ;依然として。さらに。同様に。そうはいっても。再び

あらたまの;年にかかる枕詞

あらたし;新しい

たま;宝石。魂

おほみや;皇居

ひさかたの;月。日。天に関係あるものにかかる枕詞

ひさし;時間が長い。長くかかる。久しぶりである。なじみ深い

かへりみる;後ろを振り返って見る。反省する。気にかける。世話をする。

しのぶぐさ;昔を思い出す手がかり

しのぶ;こらえる。思い慕う

いたま;板ぶき屋根の板と板の隙間

らむ;今頃は~ているだろう。~だろう