寛平の御時、うへのさぶらひに侍りけるをのこども、
かめを持たせて、きさいの宮の御方に「おほみきのおろし」と
きこえに奉りたりけるを、蔵人どもわらひて、
かめをお前にもていでて、ともかくも言はずなりにければ、
つかひの帰り来て、「さなむありつる」と言ひければ、
蔵人の中におくりける
としゆきの朝臣
玉だれのこがめやいづらこよろぎの磯の浪わけおきにいでけり
〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 874〉
++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++
あの玉だれの小瓶ー子亀ーはいったいどこへ行ったのでしょう。
こよろぎの磯で磯菜をつむ少女をかきわけ、
彼女らを濡らして沖の方ー奥の方ーへ出て行ったよ。
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□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□
(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;宇多天皇の御代のこと。
殿上人の詰所に仕えていた男たちが、
遣いの人に酒の瓶を持って来させた。
宇多天皇の母である班子女王のお部屋に
「大神酒のおさがり」=「天皇が交代される」という
噂があると申し上げた。
しかし、お付きの蔵人達は(そんな噂は嘘だろうと)笑っていた。
酒の瓶を班子女王の前に持って行ってみたが、
どうともおっしゃらないでいた。
その時、遣いの人が戻ってきて、
「噂は本当にそうであった(天皇が交代される)」と言ったので、
蔵人たちの部屋に酒を贈った。
作者;藤原敏行
玉すだれの後ろに隠れていた(臣籍降下していた)
子どもの亀(敦仁親王。宇多天皇の第一皇子)が
顔を出した。
磯の波を漕ぎ分けて沖に出る亀のように
急いで皇位継承の準備がなされ、
醍醐天皇が誕生されたのだ。
□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□
この歌は、詞書も直訳では意味が分かりません。
寛平の御時は、宇多天皇の御代です。
宇多天皇から醍醐天皇に皇位継承されたとき、
周囲にも隠して取り急ぎ、速攻で執り行われたとのことです。
醍醐天皇は生誕時、源氏を名乗っていたのですが、
宇多天皇は寛平9年7月3日に突然、皇太子敦仁親王を元服させ、
即日譲位(醍醐天皇)しました。
うへのさぶらひ;殿上人の詰所
かめ;亀。瓶。とっくり
おほみき;神や天皇に差し上げる酒
おろし;おさがり
きこえ;噂
たてまつる;申し上げる
ともかくもいはず;どうとも言わないで
さなむありつる;本当にそうであった
おくる;送り届ける。人にものをあげる
たまだれ;玉すだれ
いづ;出る
つら;おもて。顔
いづら;どこ
こゆるぎの;「いそ」にかかる
ゆる;許される。認められる
こゆ;越える。追い越す
いそぐ;早くしようとする。用意する
いそ;波打ち際
おき;岸から遠く離れた水辺
おく;奥の方