雲林院の親王の舎利会に山にのぼりて帰りけるに、

桜の花のもとにてよめる

 

僧正へんぜう

 

山風に桜吹きまき乱れなむ花のまぎれに立ちとまるべく

 

 

**********《直訳》**********

 

山風に吹き付けられて桜がお互いに

まつわりつくように散り乱れてほしい。

その散る花に目の前が分からなくなって、

親王がお帰りになることができないように。

 

(『古今和歌集』片桐洋一著・笠間書院より)

 

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◎◎◎◎◎◎◎◎《和歌コード訳》◎◎◎◎◎◎◎◎◎

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

 

①題詞;常康親王(仁明天皇の第七皇子)の主催で

仁明天皇の法事が行われた。

比叡山にて舎利会をして帰って来た時、

桜の花の下で涙で目の前を暗くしながら詠んだ歌

 

作者;僧正遍昭

 

 

①山から吹き下ろしてくる風で、

花が乱れ舞い散っています。

まるで、道を分からなくさせて、

私たちに立ち止まってくれと言っているようです。

 

桜が舞い散るのを見ていると、

仁明天皇が亡くなられたあの春の日(850年3月21日)を

思い出します。

仁明天皇は、大変重篤な病で風邪の症状がひどくなり、

激しく息を吐き、体調が乱れて亡くなられた。

周囲にいる人たちは、涙で目の前を暗くしながらも、

天皇の枕元で一緒に寝起きし、

心を乱していらっしゃった。

この桜の花も

山からの風に吹かれて花びらを撒き散らすほど

乱れている。

天皇の魂が、

美しい花びらや花の香りに気が紛れて

命を断ち切るのを取りやめになさるようにと

一心不乱に花びらを吹き散らしているかのように

見えました。

 

 

 

② 常康親王が天国へと帰って逝かれた(亡くなった)。

彼の法事で比叡山延暦寺の舎利会に行き、

帰ってくる時に、桜の花を見て詠んだ歌

 

 

常康親王は、869年5月14日に亡くなられた。

その法事が、比叡山延暦寺で行われました。

山から吹き下ろしてくる風が

桜の花を巻き込み、花が乱れ散っています。

散る花を見ていると、亡くなった常康親王のことが思い出され、

私の心は平静でなくなり、乱れます。

私は、舞い落ちる花に紛れて

思わず、立ち止まってしまいました。

花たちが、まるで私が帰るのをやめるようにと

足止めをしにきているようですよ。

 

 

 

□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□

 

①仁明天皇が亡くなった(850年3月21日)あと、

第七皇子の常康親王が主催した法事の時の

歌。

 

 桜の花が風にかき乱されている様子を、

作者の心がかき乱される様と、

天皇の命が永らえるように祈る様子に例えています。

 

仁明天皇は、幼少時から病弱でした。

常康親王も、僧正遍昭も、

仁明天皇の死をきっかけに出家しています。

 

② もうひとつ、和歌コードで読める可能性があります。

869年5月14日に常康親王が亡くなっています。

親王の法事が行われたときのことを言っているというふうにも

読めます。

ただ、5月は「夏」なので、桜の咲く春とは季節が違います。

親王の法事のこととすれば、

亡くなって翌年以降の春に行われた法事の際に詠んだ歌、

ということになります。

 

 

季節的な事情を考えると、

①の仁明天皇の崩御に関する訳の方が素直だと思います。

 

 

 

雲林院の親王;仁明天皇の第七皇子、常康親王。

舎利会;仏陀の遺骨を供養する法会

さる;避ける。よける

やま;比叡山。たくさん

さく;遠くへやる。はなつ

くらし;目の前が暗くなる

山風;山から吹き下ろす風

かぜ;風邪

ふきまく;風が激しく吹く

ふく;口から吹き出す。勢いよく吹き出す

まく;一緒に寝る

みだる;心が平静でなくなる。ちらす。乱す

はなる;遠ざかる。別れる

まぎれ;他のものに混ざること。気晴らし

たつ;出発する

たつ;切り離す。断ち切る

とまる;中止になる。生き残る

べく;~よう。

 

 

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

 

 

 

===========《解説》===========

 

古今和歌集・離別394

 

比叡の山:比叡山延暦寺

舎利会:仏陀の遺骨を供養する法会。

ふきまく:吹き付けて纏いつかせる。

花のまぎれに:花の中で道が分からなくなって

 

古今和歌集の詞書によると、

「雲林院の親王(常康親王)」が帰ることを惜しむ歌。

以下、「遍昭集」では、七まで同趣向の歌が続く。

 

「遍昭集」の詞書では、

比叡(ひえ)の山の舎利会(さりゑ)に上(のぼ)りて返るに、

桜の花を見て

 

「古今和歌集」の詞書では、

雲林院の親王の舎利会に山にのぼりて帰りけるに、

桜の花のもとにてよめる

 

 

 

 

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《参考文献》

◉『和歌文学大系18』(明治書院)

小町集/業平集/遍昭集/素性集/伊勢集/猿丸集

久保田淳・監修

室城秀之・高野晴代・鈴木宏子・共著