大江千古が越へまかりけるむまのはなむけによめる
藤原かねすけの朝臣
君が行く越の白山しらねども雪のまにまにあとはたづねむ
〈古今和歌集 巻第八 離別歌 391〉
++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++
あなたが出かけて行く越の国の白山を
私はまだ知らないけれども、
雪の降っていない間を求めて、
あなたの行路のままにあとを訪ねて参りましょう。
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□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□
(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞: 共に醍醐天皇に仕えた身であり、
素晴らしい同僚であった大江千古が亡くなった。
霊柩車に乗って行く彼を見送る時に旅立つ彼の
天国での幸せな暮らしを祈って詠んだ歌
作者: 藤原兼輔
あなたが往かれる、この世を越えたところにあるという
真っ白な世界のことはよく知らないけれども、
私の目からは雪のように涙がこぼれ落ちて止まらないよ。
私もそちらに往くときは、あなたの足跡を探してあなたに会いに行くよ。
私が死んだらまた天国で仲良くしておくれよ。
□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□
この歌の作者、藤原兼輔は877~933の人。
大江千古は、生年不詳~924の人です 「ゆき」という言葉が詠まれた時点で、
和歌コード的には、「天国に往く」「雪のように涙が止まらない」
の意味がありそうだと推測します。
「まかりける」の「まかる」にも「死ぬ」という意味があるので、
大江千古が亡くなり、天国へ旅立つ時に馬のはなむけに、
すなわち、無事に天国に昇り、あちらでも幸せに暮らしてほしいと
祈っている様子が読み取れます。
千古と兼輔は共に醍醐天皇に仕えており、歌の教養があるうえ、
情に厚く、心細やかな人物だったということですので、仕事の上だけでなく、
プライベートでも素晴らしい友だったのでしょう。
「こし」を辞書で調べると、「濃し」(色が濃い)の他、
「乗り物」の意味が出てきました。
亡くなった千古の亡骸を乗せた乗り物は現代では霊柩車となりますので、
和歌コードではそのように表現してみました。
「越の白山」は、この世を越えたところにあるまだ兼輔は知らない白い世界。
すなわち天国のことだと読み取れます。
親友であった千古が亡くなり、兼輔の目からは雪のように
大粒の涙が溢れでて止まらないのです。
「また天国で会おう。必ず君のいるところへ探しに行くから」と
友を見送る姿が目に浮かびます。