二条后の春宮(とうぐう)の御息所(みやすんどころ)ときこえけるとき、
正月三日(むつきみか)お前に召して、おほせごとあるあひだに、
日は照りながら雪の頭(かしら)に降りかかりけるをよませ給ひける
文屋康秀(ふんやのやすひで)
春の日の光にあたる我(われ)なれどかしらの雪となるぞわびしき

(古今和歌集  巻第一  春歌上)

 

=====【日本古典文学全集(小学館)の訳】=====

二条后(藤原高子)がまだ「東宮の御息所」と申し上げられていたころ、

正月三日、御前に召してお言葉のあったうちに、日が照っているのに、

康秀の頭に雪が降りかかって来た。その光景を后がお詠ませになった歌

文屋康秀

春の太陽を浴び、

そして春の宮様である皇太子様のお恵みをこうむっている

私ではありますが、このように雪が降りかかり、

そして髪も年とともに白くなりました。

それだけが情けないことであります。

==============================

 

☆☆☆☆☆☆【和歌コードで読み解いた新訳】☆☆☆☆☆☆

 

(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

題詞;二条后が、春宮(陽成天皇)の母上で

いらっしゃったとき(869~876年)のこと。

正月三日にお言葉を聴いている間に、

晴れているのに雪が頭の上にちらついてきた

のを歌にしてみるようにおっしゃった。

 

作者;文屋康秀

 

 

新春の明るい日の光が差し込む佳き日に

お目にかかれて光栄です。

 

また、高子様のご子息が春宮となられ、

次期天皇となられること、

おめでたいことです。

 

しかし、高子様を育ててくださった

藤原順子様と藤原良房様が

相次いで天国に逝かれてしまわれたことは

辛くてやりきれない気持ちで

雪のような大粒の涙がこぼれます。

 

そういう私も齢を重ね、

頭髪に白いものが混じるようになりました。

 

温かい春の光のような二条の后様や

若々しい春宮(後の陽成天皇)の恩恵にあずかりながらも

 

自分が歳をとってしまい、

老いに向かっていくのはわびしいものですよ。

 

 

☆☆☆☆☆【和歌コード訳の解説】☆☆☆☆☆

 

この歌の「かしらの雪」には

二つの意味が込められています。

ひとつは、「年をとって白髪になった」こと。

もうひとつは、

「集団の長・家族の長があの世へ逝った」こと。

 

二条の后(藤原高子)は、

清和天皇が春宮でいらっしゃった時、

天皇の祖母である皇太后藤原順子の邸に出仕していました。

その藤原順子は、871年9月28日に亡くなっています。

また、

藤原良房(清和天皇の外祖父)は、

高子と兄の基経を養子としていたのですが、

872年9月2日に亡くなっています。

 

この歌は、

これらのことを掛け合わせて言っていると

読み取ることができます。

 

 

文屋康秀:生年は不詳。死没は885年頃か。

877年から陽成朝に仕える。

小野小町と親密だった。

六歌仙。中古三十六歌仙のひとり。

 

二条の后:藤原高子:842年〜910年3月24(享年69歳)。

清和天皇の女御。陽成天皇の母。

美人で有名。

清和天皇が東宮だった頃、

藤原順子(清和天皇の祖母)の邸に出仕。

859年、9歳の清和天皇が即位。

その時、五節舞姫をつとめる。

866年、25歳で入内し、女御となる。

清和天皇(850年3月25日生まれ)より9歳年上。

実父は藤原長良。

藤原良房(長良の弟・清和天皇の外祖父)の養女。

 

清和天皇:850年3月25日~880年12月4日(享年30)。

文徳天皇の第四皇子。

母は、藤原明子(藤原良房の娘)。

三人の兄を押しのけて生後8ヶ月で立太子、9歳で即位した。

876年、27歳で突然、譲位。

879年、出家。仏門に帰依。仏寺巡拝の旅に出る。

 

陽成天皇:868年12月16日〜949年9月29日(享年82)。

在位:876年11月29日〜884年2月4日。

清和天皇の皇子。

母は、藤原高子。

 

藤原順子:五条后:809年〜871年9月28日(享年63)。

仁明天皇の女御。文徳天皇の母。

 

藤原良房:804年〜872年9月2日(享年69)。

嵯峨天皇、淳和天皇、仁明天皇、文徳天皇、清和天皇に仕えた。

藤原順子の兄。

藤原基経(高子の兄)を養子とした。

 

 

東宮の御息所:東宮の母君である御息所。東宮は皇太子。御息所は天皇・皇太子の后で、多くの場合、皇子・皇女を産んだ後の呼称。

 

皇太子:方角なら東。季節なら春に配される。

 

みやすどころ:天皇のご寝所に仕える女官。女御、更衣。天皇に愛された女性。皇太子や親王の后。

 

おほせごと:(貴人がおっしゃった、またはお言いつけになった)お言葉。

 

あひだ:(空間的に物と物との)間。間隔。隙間。(空間的にある一定の)範囲。うち。なか。(時間的にある一定の)あいだ。期間。うち。(時間的な)切れ目。絶え間。(人と人との)関係。間柄。仲。(物と物との)関係。(原因・理由を表して)〜ゆえに。〜ので。

 

ひ:太陽。日中。一日。〜の期日。天候。天照大神。天皇。

ひ:炎。あかり。炭火。火事。のろし。

ひ:氷。ひょう。

ひ:不正。具合の悪いこと。価値のないこと。

ひ:濃く明るい朱色。ひのき。

 

てる:太陽や月が輝く。照る。美しく輝く。照映える。

 

ゆき:逝く。行く。雪。泣いている。

 

ゆく:流れ去る。経過する。死ぬ。亡くなる。気が晴れる。心が晴れる。満足する。〜続ける。ずっと〜する。しだいに〜していく。

 

かしら:頭。頭部。髪の毛。頭髪。最上部。先端。集団の長。

 

ふ:時間が過ぎる。通過する。経験する。段階を踏む。

ふる:古くなる。年をとり老いる。昔馴染みである。

ふる:降る。涙が流れ落ちる。

ふる:さわる。触れる。男女が慣れ親しむ。関係する。少し食べる。

ふる:震動する。

ふる:振り動かす。顔を背ける。相手にしない。

ふる:経る。

 

かかる:ぶら下がる。もたれかかる。よりかかる。頼みにする。世話になる。頼る。すがる。目につく。心にとまる。船が停泊する。覆い被さる。雨や雪が降りかかる。涙などが落ちてかかる。雲などがなびく。関係する。かかわる。かかりっきりになる。熱中する。悪いことが身に降りかかる。巻き添えをくう。出くわす。危害をうける。殺される。傷つけられる。攻めかかる。襲いかかる。ある場所にさしかかる。通りかかる。いる時点に至る。

かかる:このように。こんな。

かかる:ひびやあかぎれができる。

 

はる:春。新年。正月。

はる:一面に広がる。芽が出る。芽吹く。強く盛んになる。張り合う。緊張する。たるまないように引っ張る。広げる。貼り付ける。設ける。仕掛ける。たたく。打つ。

はる:晴天になる。心が晴れる。心がすっきりする。晴れ晴れする。ひらけている。見晴らしがいい。広々としている。

はる:開墾する。

はるか:遥かに遠い。遥だ。

はる:春宮

 

ひかり:光。輝き。輝くばかりの美しさ。容姿の美しさ。光栄。ほまれ。勢い。威光。威勢。

 

ひ:太陽。日中。一日。〜の期日。天候。天照大神。天皇。

ひ:炎。あかり。炭火。火事。のろし。

ひ:氷。ひょう。

ひ:不正。具合の悪いこと。価値のないこと。

ひ:濃く明るい朱色。ひのき。

 

かり:一時的なこと。間に合わせであること。かりそめ。

かり:雁。霊魂を運ぶ鳥とされる。

かり:狩り。鷹狩り。桜狩りやもみじ狩り。

 

かる:枯れる。干からびる。干上がる。涸れる。

かる:離れる。遠ざかる。間をあける。隔たる。足が遠くなる。疎遠になる。よそよそしくなる。

かる:草などを切り取る。

かる:借りる。

かる:追い払う。追い立てる。馬などを走らせる。

 

あたる:ぶつかる。触れる。出会う。遭遇する。直面する。命中する。的中する。当てはまる。担当する。対応する。対処する。応対する。待遇する。受け持つ。担当する。肩を並べる。匹敵する。張り合う。対抗する。

 

われ:わたくし。自分自身。おまえ。

 

わる:砕ける。裂ける。割れる。分かれる。別々になる。心が乱れる。思い乱れる。秘密がばれる。露見する。押し分けて前に進む。打ち破る。

 

なれども:〜ではあるが。〜しかし。

 

なる:生まれる。生じる。実をむすぶ。

なる:成立する。成就する。変わる。落ちぶれる。達する。おいでになる。

なる:衣服が体に馴染む。よれよれになる。使い古す。くたびれる。

なる:慣れる。習慣になる。慣れ親しむ。うちとける。なじむ。

 

わびし:がっかりだ。興ざめだ。困ったことだ。弱ったことだ。つらい。やりきれない。苦しい。悲しい。切ない。貧しい。みすぼらしい。