【古典和歌 研究家】〜しじま にこ〜《‘オモテからは見えないもの’を読み解く[和歌コード]のブログ》
★『古今和歌集・和歌暗号(コード)バージョン』を出版してくださる出版社さん募集しています。
「将来、国語の教科書を書き換えるはず!」と思わずにはいられない
和歌の全く新しい読み方です。
(古典和歌は、直訳だけでは意味不明です。
わざと裏側に「作者の本音を隠す」構造となっているからです。)
現在までに、「和歌暗号(コード)」に読み直せたものは…
①古今和歌集1111首全て
②新元号「令和」の元となった「万葉集.梅花の歌」
③国歌「君が代」の元歌
④教科書に掲載されている古典和歌
などです。全て直訳とは全く違う、意味深い訳ができます。
ピン!ときた出版社さん、下記のメールまでご連絡ください。

★国語科の先生方で、教科書の古典和歌の訳が「腑に落ちない」感じがする…という方も気軽にご相談ください。

★和歌の新しい読み解き方、『和歌コード』の
講座、取材のご依頼は…下記のメールまでご連絡ください。
中学校、高校の国語の教科書に掲載されている
有名どころの和歌も解説できます。

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(↑カタカナの「アットマーク」は、記号の「@」に変換してください)
  • 18Oct
    • 903 年齢を重ねたからこそ経験できること

      おなじ御時のうへの侍ひにて、男どもに大御酒賜ひて大御遊びありけるついでにつかうまつれるとしゆきの朝臣老いぬとてなどかわが身をせめきけむ老いずば今日にあはましものか〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 903〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++年老いたからといって、どうして我が身をいじめてきたのだろうか。年老いなければ今日の楽しみにめぐりあうことが出来たでしょうか。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;宇多天皇の御代、殿上の間で殿上人たちに酒を賜り、管弦の催しがあった時、宴の最後に歌を詠み申し上げた作者;藤原敏行年をとったからといってどうして自分の身体を咎めたり、責めたりしてきたのだろうか。年齢を重ねることがなければ今日のこの楽しい催しを体験できなかったし、ここに居る楽しい人たちに逢うこともできなかったのだから。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□これまでの歌は、年齢を重ねることを嘆く歌でしたが、この歌は、年齢を重ねたからこそ、楽しいことを経験できるとポジティブな面をうたっています。おほみき;神や天皇に差し上げる酒おほみあそび;天皇や貴人の管弦などの催しつかうまつる;~してさしあげるなどか;どうして~かせむ;苦しめる。責める。とがめるあふ;逢うまし;もし~としたら~だろうに

  • 17Oct
    • 902 年老いた両親の元に帰るとき

      寛平の御時の后宮の歌合の歌在原むねやな白雪の八重降りしけるかへる山かへるがへるも老いにけるかな〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 902〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++白雪が幾重にも幾重にも降り敷いている、かえる山ではないが、私も幾かへりも幾返りも老いさらばえてしまったなあ。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;889年、班子女王の邸宅で開かれた歌合の歌作者;在原棟梁老いて衰弱した両親の元に帰るたびに、彼らの白髪が増えて、ますます衰えたように感じました。日が経って帰るその度に、年老いて見え、涙が絶え間なく流れたことですよ。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□在原棟梁は、業平の息子です。前の歌で、業平とその母の歌が詠まれていました。年老いて間もなく死に逝くであろう両親との対面の時の様子をうたっています。あわせて、題詞にある寛平御時歌合は889年に開かれたもの。宇多天皇の父、光孝天皇が亡くなって二年後に開催されているので、光孝天皇が亡くなった時の息子、宇多天皇の気持ちも含んでいるのでしょう。しらく;白くなる。具合が悪くなるしらむ;衰弱する。衰えるやへ;幾重にも重なっていることふりしく;一面に降る。絶え間なく降る。しきりに降るふる;年をとる。涙が出るかへる;帰るか;日へる;経る

  • 16Oct
    • 901 永久に生きて欲しい

      返し業平朝臣世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もとなげく人の子のため〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 901〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++この世の中に、避けることのできない別れというものがなければよいのに、千代も生きて欲しいとため息をつきながら願っている子どものために。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;返事の歌作者;在原業平この世の中に避けることのできない別れなどなければいいのになあ。永久に生きていて欲しいと泣きながら嘆願する一人息子の私のために。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□伊都内親王の資料を見ると、在原業平の母である以外に、子の名前が出てきません。歌の中の「ひとのこ」は「一人息子」の意味だと解釈できます。よのなか;現世。この世さらぬ;避けることのできないなく;泣く。無くもがな;~であったらなあちよ;永久なげく;嘆願する。悲しんで泣くひと;一人ため;~のため

  • 15Oct
    • 900 死ぬ前に一目逢いたい

      業平朝臣の母の皇女、長岡に住み侍りける時に、業平宮仕へすとて時々もえまかりとぶらはず侍りければ、師走ばかりに母の皇女のもとより、とみのこととて、文をもてまうで来たり。あけて見れば、言葉はなくてありける歌老いぬればさらぬ別れも有りといへばいよいよ見まくほしき君かな〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 900〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++齢を重ねてくると、誰しも避けることができない死別ということがあるというので、ますます顔が見たくなるあなたでありますよ。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;在原業平の母(桓武天皇の皇女、伊都内親王)が長岡に住んでいたとき、業平は宮仕えするために時々も母の元に行って様子を見せたりもせずにいた。十二月になって母のところから急ぎのことだと言って、手紙を持って来た。開けてみたところ、言葉は書かれていずに、この歌が詠まれていた。作者;伊都内親王私も年老いて、床に就いていることが多くなりました。長いこと逢えないまま、避けることのできない別れ(死別)の可能性もあるかと思うのです。ますます一層、あなたに一目逢いたいのです。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□在原業平の母、伊都内親王が亡くなったのは861年9月19日です。861年は、清和天皇の御代です。この次の歌は、業平からの返歌です。とみ;急ぎである様子ぬる;寝る。濡れるさらぬ;避けられないいよいよ;ますます。いっそうまくほし;~ことが望ましい。~たい

  • 14Oct
    • 899 鏡で見るとどんな感じでしょうか

      題しらずよみ人しらず鏡山いざたちよりて見てゆかむ年へぬる身は老いやしぬるとこの歌はある人のいはく、大伴黒主がなり〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 899〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++鏡という名がある鏡山に、さあ立ち寄って映る姿を見ていこう。年月がたって我が身がどれほど老いたかということを。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;テーマは続いています。作者;私の名は伏せておきます。この歌はある人が言うには、大伴黒主の歌だということだ。さあ、死ぬ前に鏡山に立ち寄って鏡を見て行こう。それから神様がいる天国へ逝こう。早くも年を重ねた我が身は鏡で見るとどんな感じでしょうか。老人になり、もう死ぬのだと覚悟して涙に濡れて寝ていますよ。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□テーマは続いています。大伴黒主が死を間近に感じた時の歌でしょう。かがみ;鏡かみ;神やま;多くの。墓いざ;さあゆく;行く。逝くとし;疾し。年ぬる;寝る。濡れるおい;老人しぬ;死ぬ。為ぬ

  • 13Oct
    • 【コラム】和歌コード的「ウメにウグイス」

      今回は、古典和歌が「直訳のままでも美しい」のは、悲しみの気持ちや涙を「オブラートに包む」行為だから…ということについて記事にしますね⭐️このブログでいつもご説明しているように古典和歌には「オモテの意味」と「ウラの意味」が存在します。では、なぜわざわざ、直訳だけではなく、「ウラ」の意味を持たせているのでしょうか?それは…悲しい出来事や、苦しい涙、辛い気持ちをそのまま言ってしまうと美しくないから。余計につらいし、周囲の人までも辛くさせてしまうから。だから、「表面的に美しく見えるように」オブラートに包んで人さまにお渡ししているのだと思うのです。美しい花や鳥を「何か」に例えているのは「日本人らしい心遣い」💗古典和歌は、日本人ならではの心が表現された素晴らしいアートなのです~😊たとえば…亡くなった人に花を手向ける情景が古典和歌には多く詠まれています。花を手向けることは、亡くなった方を天国におくる時の気持ちの現れ。美しい色と良い香りに包まれて、安らかに天国へと旅立っていかれるように心を込めて花を手向けます🌸これは、昔も今も変わらない風習ですね。「はな」を和歌コードにすると「花。華やか。」などの本来の意味のほかに「放つ。離れる」の意味がでます。「この世を離れて、あちらの世界に行く時に手向ける花」の意味が出ます。「うめ」も和歌コードにすると「梅」のほかに、「襲(かさね)の色目」の「梅」の意味が出ます。かさねとは、着物の色合わせのこと。襲の色目の梅は、幼い少女が着る色とされています。和歌で「梅」が出てきたときは、幼い少女のことをよんでいる可能性が出ますね。また、「うめく」は、「低い声を出してうめく。ううっと声を出す」という意味があり、誰かが亡くなったとき、失恋したとき、左遷されたときなどの「苦しさをこらえたいけど、こらえきれなくて声が出てしまう…」というニュアンスの心情が浮かびます。同じように和歌コードで「鶯(うぐいす)」は、「最期を看取る人」「葬儀に参列する人」などの意味が出ます。しばしば「鶯」と「梅」はセットで使われます。鶯は、その鳴き声が美しい鳥として有名で、「よく鳴き」ます。なく=泣く。亡く。鳴く。無く。いろいろな「なく」が出ます。葬儀では「泣く泣く埋めに行く(鳴く鳴く梅に行く)」ことから、葬儀に向かうことを「鶯を聞きにいく」という言い方をしたそうです。「うぐ」には「穴を開ける」という意味もあります。また、昔は今のような化学薬品がありませんので薬草を摘んで病気の人に飲ませていました。正月の最初に摘む「若菜」は、特に健康長寿のために良いとされていたのですが、これは現代の「七草がゆ」「春の七草」を食べる風習につながっていそうですね。そして、この時代、冠や頭髪に花を飾ることが病気などの邪気を払う方法でした。…いかがでしょうか?古典和歌は、ただ単に美しい四季の風景をよんでいる「だけでは」なかったのです~😊日本人の美しい心づかい、他人を思いやる心、四季を愛でる心、これらを見事に融合させた芸術であり言霊の表現なのでございます~😘

    • 898 最後は灰に。

      題しらずよみ人しらずとどめあへずむべも年とは言はれけりしかもつれなく過ぐるよはひか〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 898〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++引きとどめることができない。だから、なるほど年を「疾し」というようになったのだなあ。そのように速く過ぎる上に、私の思いを無視して過ぎ去っていく齢であることよ。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;テーマは続いています。作者;私の名は伏せておきます。年齢を重ねることを引き止めることは誰にもできません。だから、なるほど年は「疾し(速い)」と言われているのですね。それでいて、素知らぬ顔で薄情にも通り過ぎてしまうのが齢。最後に、私は灰になるのですね。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□とどむ;制止する。中止するあへず;~できないむべ;もっともなことに。いかにも。なるほどとし;疾し。年しかも;それでいて。そのうえつれなし;素知らぬ顔だ。薄情だ。思うに任せないよ;私はひ;灰よはひ;齢

  • 12Oct
    • 897 時間を戻せないからこそ

      題しらずよみ人しらずとりとむるものにしあらねば年月をあはれあなうと過ぐしつるかな〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 897〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++過ぎ去ってゆくのをつかまえて止められるものでないからこそ、その年月を「ああ…」とか、「ああ、つらい」などと言って過ごしてきたのであるよ。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;テーマは続いています。作者;私の名は伏せておきます。歳をとるということは、誰にも引き留められるものではない。ものすごい速さで過ぎてしまう人生という年月を感慨深く愛しいと思ったり、また、悲しい、辛いことだと思ったりして人生を送り、年老いて終末を迎えることですよ。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□とりとむ;引き留める。あはれ;感慨深い。愛しい。かわいい。悲しい。寂しいあなう;ああ嫌だ。ああつらいすぐす;年月を送る。終わらせる。老けるとし;速い

  • 11Oct
    • 896 時間が戻ってほしいよ

      題しらずよみ人しらずさかさまに年もゆかなむとりもあへず過ぐるよはひやともにかへると〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 896〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++さかさまの方向に年月が流れていってほしいよ。そうすれば、つかまえることができずにどんどんと過ぎていった私の年齢が、年月と一緒に帰って来るかと思うので。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;テーマは続いています。作者;私の名は伏せておきます。年齢が逆方向に進んでくれたらいいのになあ。そうしたら、たちどころに過ぎ去った若かりし頃に戻れるし、亡くなってしまった友と一緒に過ごしたあの頃に帰れるのになあ。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□さかさま;逆であることとりあへず;すぐに。たちどころにすぐ;通り過ぎる。終わりになる。人が死ぬよ;夜。私よはひ;年齢ともに;共に。友に。供に

  • 10Oct
    • 895 会いたくなかった「老いの苦しみ」

      題しらずよみ人しらず老いらくの来むとしりせば門さしてなしとこたへてあはざらましをこの三つの歌は、昔ありける三人の翁のよめるとなむ〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 895〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++老いがやってくるだろうと知っていたならば、門を厳重に閉じて、「今いない」と答えて、老いと会わないでいられるだろうに。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;テーマは続いています。作者;私の名は伏せておきます。この三つの歌は、昔、この地(大阪)に住んでいた三人の翁が詠んだということである。人生において、年老いることの苦しみがやって来るのだと知っていれば、門を閉ざして「私はここにはいませんよ」と返事をして会わないでおいたものを。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□この歌の後書きに「この三つの歌は三人の翁の詠んだもの」とされています。一つ前の894番「みつ」は「三つ」の意味ともとれ「仲良しだった三人の翁」の意味も含まれていたでしょう。おいらく;老年。老いく;苦しみかど;門さす;門を閉ざすこたふ;答える

  • 09Oct
    • 894 しょっぱい涙

      題しらずよみ人しらずおしてるや難波の御津に焼く塩のからくも我は老いにけるかな又は、大伴の御津の浜辺に〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 894〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++難波の津で焼く塩が辛いように、かろうじて生きながらえ、このように年をとったことであるよ。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;テーマは続いています。作者;私の名は伏せておきます。難波(大阪)にいる私の友人たちの多くがこの世での寿命が満ちて亡骸となって焼かれていき、私の心は晴れることがありません。心は抜け殻のようにしょんぼりとしています。難波の津で焼かれる塩はとてもしょっぱいのだけれど、その塩を舐めたような塩辛い涙が頬を伝います。私は一心に人生を生きてきて残酷なほど年老いてしまいましたよ。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□おす;他をしのぐ。圧倒するなには;大阪おほとも;大阪おほ;多い。とも;友。お供みつ;満ちる。いっぱいになるやく;燃やす。心を悩ます。心が乱れるしをる;しぼむ。しょんぼりする。からく;必死に。一心にからし;しょっぱい。つらい。残酷だ。みっともないから;抜け殻。亡骸くも;心が晴れないこと

  • 08Oct
    • 【コラム】ヒトカケラも興味なかったのだけれど…

      改めて言うまでもないほど「当たり前」になっているが、地球の次元上昇に一役買っているモノのひとつに「インターネット」があるだろう💫私が「和歌コード」を発見できたのもこうして千首以上の多くの和歌を読み解くことができたのもインターネットのお陰。そう、断言できる。なぜなら私は、古典和歌にヒトカケラの興味もなかった!ヒトだから😅ただ、某高校で「国語」という教科を教えることになったとき、教科書に書かれていた解説や意味に疑問を持った…それで自分勝手に調べてみた。そんな単純なキッカケでうっかり?!古典和歌を千首以上も読み解いてしまった。私のようなシロウトがなぜ、古典和歌について深く調べることができたかというとやはり「インターネットのお陰」としか言いようがない。もちろん、辞書や様々な文献も使わせていただいた。しかし、インターネットがなければ「作者が、どういう時代の、どういう人物なのか…」この重要なポイントをこと細かに調べることは容易ではなかったはずだ。古典和歌を「和歌コード」に訳す時に重要な要素の一つは「なぜ、その作者が詠んでいるか」という点なのである。作者の周囲でその時代にどういうことが起こっていたのか、両親やきょうだいはどういう人物だったのか、誰と男女の関係だったのか、その恋はうまくいったのか、その時代の天皇は誰なのか、仲が良かった人物は誰なのか、敵対していた人物は誰なのか、どういう事件や事故、疫病の流行などが起きた時代だったのか、これらの内容が歌のウラ側に「隠すように」読み込まれている。それが「古典和歌」なのだ。したがって和歌コードを読み解くには「歴史的背景」を知ることが必須なのである。そういえば…私は学生時代「日本史」という分野も苦手だった。けれども、古典和歌を調べていくうちにその時代のことがすんなりと頭に入ってきている。今の学校教育は「覚えてナンボ」という方向に偏っているが無理に「その教科として覚え」なくても好きなこと、興味のあることをしていれば勝手に全部つながる…と言える。学校教育の在り方も「次元上昇」する時が来ていると思う。無理して覚えるなどナンセンスなのだ。学校でやることがキライになって終わることだろう…(私のように)。その人が興味のあること楽しいことやりたいことを気軽に掘っていけば自然と国語も算数も理科も歴史もつながって出てくる。そう。世界は宇宙はつながっているのだから🤗

    • 893 年齢というものは

      題しらずよみ人しらず数ふればとまらぬものをとしといひて今年はいたく老いぞしにける〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 893〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++とまらないものを、やはり「疾し」というように、年はとってゆくもの。数えてみると、今年はひどく年をとり、老いてしまったことであるよ。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;テーマは続いています。作者;私の名は伏せておきます。歳をとって、自分の歳を数え始めたら止められないほど積み重ねたものを歳という。また、自分で止めることもできず、速く過ぎていくものを歳という。今年はたいそう多くの老人が亡くなったけれども、私もたいそう年老いてしまったことですよ。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□年老いた人たちの言葉が続いています。かぞふ;数えるふる;歳をとるとまる;止まる。中止になる。生き残るとし;年。速いいたく;ひどく。はなはだしく。たいそうおい;老いること。老人し;死。為

  • 07Oct
    • 892 孤独に森の中で

      題しらずよみ人しらずおほあらきの森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし又は、さくらあさのをふの下草おいぬれば〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 892〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++大荒木の森の下草は、年経て固くなってしまったので、馬も食べようとしないし、刈る人もいない。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞;テーマは続いています。作者;私の名は伏せておきます。はなはだしく荒れて険しい森のなか。下草が勢いよく繁っている。人目をはばかって森に隠棲していた日陰者の私が年老いて寝ている。もう自分で思うように馬を進めることができなくなった。私のことを心に留めて馬を走らせて来る人もいないし草を刈ってくれる人も誰もいないよ。町から遠ざけられて隠棲しており朝にも生涯を終えそうな私が…□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□年老いて、人生の盛りを過ぎた人たちの歌が続いています。おほ;大きい。広い。程度が甚だしいあらし;勢いが強く激しい。荒々しいもる;人目をはばかるしたくさ;雑草。日陰者ぬる;寝るこま;木と木の間。馬すさむ;ますます進む。心に留めて愛する。木の向くままに~するかる;草を刈る。馬を走らせるさく;遠くへやる。遠ざける。切り離すくらす;暮らす。目の前が暗くなるあさ;朝をふ;麻原をふ;終わらせる。終える

  • 06Oct
    • 891 すっかり年老いてしまいました

      題しらずよみ人しらず笹の葉に降りつむ雪のうれをおもみもとくたちゆくわがさかりはも〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 891〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++笹の葉に降り積もる雪で、先の方に重いので幹の方が弱ってゆく、そのような形で衰えてゆく私の壮年であることよ。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞と作者;テーマも私の名も伏せておきます。笹の葉に降り積もる雪が枝に積もって重いように、私の小さい身体も年老いて白髪になり憂いが身体を重く感じさせ、雪のように大粒の涙がこぼれます。昔の若く元気な時期はとっくに過去のものとなりました。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□ささ;小さいふりつむ;降り積もるうれ;こずえうれい;なげく。悲しむ。心を痛めるゆき;白髪。雪のような大粒の涙もと;昔。原因とく;とっくにたち;経つ。断つさかり;最盛期。若く元気な時期

  • 05Oct
    • 890 古くて濡れているもの

      題しらずよみ人しらず世の中にふりぬるものは津の国の長柄の橋と我となりけり〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 890〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++この世の中で古くなったものは、摂津国の長柄の橋と私とであるよ。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞と作者;テーマと私の名は伏せておきます。この世の中で年月を重ねて古くなり、濡れているものは、雨が降り続けた時、川の増水でよく破損する長柄の橋と中途半端に生きながらえて心が乱れ、涙に濡れる私ですよ。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□長柄の橋は、古くなったり破損したりする橋として描かれるアイテムです。よのなか;世間。現世ふる;古くなるぬる;濡れるなから;中ほど。途中ながらふ;長生きする。流れ続ける。降り続けるはし;中途半端わる;心が乱れる。思い乱れる。ばれる

  • 04Oct
    • 【コラム】流石!良いポイントに気づかれましたね〜

      俳人で、歌人で、国文学研究者の正岡子規さんは、「再び歌よみに与ふる書」のなかで「古今和歌集」について「くだらぬ集」だという論文を書かれています。下に、「再び歌よみに与ふる書」の一部を抜粋、添付しますが、結構、ひどい言い方をされていますよね💦私が思うに…正岡子規さんは古典和歌が「和歌コード」となっていることにお気づきにならなかったので直訳だけで考えてしまい「おもしろくない」と断言しちゃった…のだと思います。「おもしろくない集だ」という「良いポイント」に気づいたのに~!残念!もう少し、掘り下げていただければ「古典和歌」には「ウラの意味がある!」「ただのダジャレじゃない!」と分析していただけたのではないかな~。そして、そして、古典和歌に触れた多くの皆さまも正岡子規さんと同じように実は、「意味フメイ…」と思っていませんでしたか?でも、深く突っ込むことなくスルーしちゃった…ので今でも国語の教科書には直訳しか掲載されていないのですね😅ちなみに、「和歌コード」が分かれば「古今和歌集」の一番目はなぜ「この歌」なのか?ロジカルに説明できるのです~🤗よろしければご覧くださいませ⭐︎→→「古今和歌集1番」https://ameblo.jp/wakanococoro/entry-12264866550.html★☆★☆★☆「再び歌よみに与ふる書 正岡子規」より抜粋★☆★☆★☆貫之は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集に有之候。其貫之や古今集を崇拝するは誠に気の知れぬことなどと申すものゝ実は斯く申す生も数年前迄は古今集崇拝の一人にて候ひしかば今日世人が古今集を崇拝する気味合は能く存申候。崇拝して居る間は誠に歌といふものは優美にて古今集は殊に其粋を抜きたる者とのみ存候ひしも三年の恋一朝にさめて見ればあんな意気地の無い女に今迄ばかされて居つた事かとくやしくも腹立たしく相成候。先づ古今集といふ書を取りて第一枚を開くと直に「去年とやいはん今年とやいはん」といふ歌が出て来る実に呆れ返つた無趣味の歌に有之候。日本人と外国人との合の子を日本人とや申さん外国人とや申さんとしやれたると同じ事にてしやれにもならぬつまらぬ歌に候。此外の歌とても大同小異にて佗洒落か理窟ッぽい者のみに有之候。それでも強ひて古今集をほめて言はゞつまらぬ歌ながら万葉以外に一風を成したる処は取餌にて如何なる者にても始めての者は珍らしく覚え申候。只之を真似るをのみ芸とする後世の奴こそ気の知れぬ奴には候なれ。それも十年か二十年の事なら兎も角も二百年たつても三百年たつても其糟粕をめて居る不見識には驚き入候。何代集の彼ン代集のと申しても皆古今の糟粕の糟粕の糟粕の糟粕ばかりに御座候。貫之とても同じ事に候。歌らしき歌は一首も相見え不申候。(以下、略)★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

    • 889 私もそういう時期がありました

      題しらずよみ人しらず今こそあれ我も昔はをとこ山さかゆく時もありこしものを〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 889〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++今はこんなどうしようもない年寄りであるけれども、私だって昔は一人前の男、男山の坂を行くほどに、男として栄えゆく時もあったのだよ。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞と作者;テーマも私の名も伏せておきます。今はこのように落ち着いた私であるけれども、こう見えても私も昔は男ざかりでした。好きな人と逢いたくて男山の坂をたくさん越え、益々栄えていました。モテていた時もあったし、そうありたかったものです…人生のなかではそういう時期があるものですよ。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□テーマは続いています。恋をしているときは好きな人に会うために険しい山の坂でも難なく越えていけます。作者にも昔、盛んな時期があったし、またそうしたかった…と詠んでいます。いまこそあれ;今はこのようであるけれどをとこ;若い男性。恋人。男らしい男やま;たくさんさか;坂ゆく;行くさかゆく;益々栄える。繁栄していくありこす;そうあってくれこす;山を越す

  • 03Oct
    • 888 過去の過ちは誰にでもあります

      題しらずよみ人しらずいにしへのしづのをだまきいやしきもよきもさかりは有りしものなり〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 888〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++古代の倭文を織る時の苧環ではないが、賤、すなわち賤しい者も身分の高い者も一様に若い盛りの時があったものだよ。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞と作者;テーマも私の名も伏せておきます。昔は、低い身分であるのにもったいなくも美しい貴人と乱れ模様に織った布のように田んぼで抱き合うというようなことがありました。勢いの盛んなそのような時期はどの人にもあったものですよ。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□テーマは続いています。885番、「藤原列子のあやまち」は男女の関係に関する過ちだった可能性があります。いにしへ;過去。昔しづのをだまき;しづを織るのに用いるおだまきしづ;身分が低いことしづ;乱れ模様に織ったものをだまき;つむいだ麻糸を中を空洞にして球状に巻いたもの。枝も葉も枯れた木まく;抱いて寝るをだ;田いやし;地位や身分が低い。下品だ。みすぼらしいいやしくも;いやしい身分であるのに。もったいなくもよし;美しい。気立てが良い。身分が高いさかり;勢いの盛んなこと。最盛期。若い盛り。男ざかり。女ざかり

  • 02Oct
    • 887 気持ちを分かってくれる人

      題しらずよみ人しらずいにしへの野中の清水ぬるけれどもとの心を知る人ぞくむ〈古今和歌集 巻第十七 雑歌上 887〉++++【古今和歌集(片桐洋一著、笠間文庫)の訳】++++昔は冷たく旅人が好んで汲んだ野中の清水も、今は湧き水が少なくて、ぬるくなっているが、昔のことを知っている人はやはり汲んでおりますよ。+++++++++++++++++++++++++++++□□□□□□□【和歌コードで読み解いた新訳】□□□□□□□(※『和歌コード』とは、直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取ったしじまにこのオリジナル訳です。)題詞と作者;テーマも私の名も伏せておきます。過去に付き合いがあったが、疎遠になっていた昔の友人や恋人は、情が薄くなってしまうものです。でも、私の元々の人柄や思いやりの心、思慮深さなどを知ってくれている人は原因や事情を理解して私の心中を推し量り汲み取ってくれるものですね。□□□□□□□【和歌コード訳の解説】□□□□□□□テーマが続いています。色々な事情があり、疎遠になった人も人柄を分かってくれていれば気持ちを分かってくれると詠んでいます。いにしへ;ずっと昔。過去のなかのしみず;疎遠になった昔の恋人、友人のたとえぬるし;冷淡だ。情が薄いくむ;人の心中を推し量る。思いやる。汲み取るこころ;気持ち。愛情。思いやり。事情もと;基本。昔。原因