小池真理子さんの『恋』を読みました。

1995年ハヤカワ・ミステリーワールドより刊行され、第114回直木賞を受賞した作品です。

 

久しぶりに小池真理子さんの本が読みたくなり、手に取った本。

一時期、小池真理子さんの本にハマっていたことがあって、『彼女が愛した男』『彼方の悪魔』『墓地を見おろす家』など、ずっと心に残っています。

 

本作は純愛小説でもあり、犯罪者の心理を描くミステリーでもあり、時代背景の香りも色濃い、とても濃厚な長編だと感じました。

読みやすさ、描写の繊細さは小池先生ならでは。

 

沼に足を取られるような重たさを感じつつも、最後には主人公が望んだ風景がそこにあり後味は悪くありませんでした。

 

 

 

1972年冬、全国を震撼させた浅間山荘事件の蔭で、一人の女が引き起こした発砲事件。当時学生だった布美子は、大学助教授・片瀬と妻の雛子との奔放な結びつきに惹かれ、倒錯した関係に陥っていく。が、一人の青年の出現によって生じた軋みが三人の微妙な均衡に悲劇をもたらした……。全編を覆う官能と虚無感。その奥底に漂う静謐な情熱を綴り、小池文学の頂点を極めた直木賞受賞作。

”今”を描く序章と終章に挟まれる形で、主人公・布美子の赤裸々な姿が描かれます。

なぜ、彼女は罪を犯したのか。

彼女が法廷でも決して語らなかったこと……それに近づいていくミステリーとしても読むことができそうです。

 

事件に至るまでの経緯が主人公の目線で丁寧に語られ、いつのまにか傍で彼女を観察しているかのような気持ちになっていました。

 

時代は学生運動の盛んだった頃。

気だるく退廃的な空気に包まれ、学生生活を送っていた布美子のもとに、彼女の運命を変えるバイト話が飛び込んできます。

 

雇い主である大学助教授・片瀬とその妻・雛子の、自由奔放で享楽的な生活に、最初反発を覚えていた布美子ですが、次第に夫妻に憧れ、それは崇拝に近いものになっていきます。

 

この夫妻の生活がまた……、古いしきたりや考え方を打ち壊す、あの時代ならではの”進んだ”考え方。

そういえば、昭和の昔って、家ではずっと裸で生活している夫婦とか話題になったことがあったなぁ…と、ふと思い出しました。

 

いつまでも続くと思っていた彼らの甘い関係が、とある青年の出現で崩壊していきます。

この、転機となる一瞬の描写が秀逸で、空気がサッと入れ替わるような、綺麗な鏡に小さなヒビが入るような、そんな感覚がありました。

 

片瀬夫妻と布美子の関係は、正三角形ではないけれど、均衡が保たれていた。

雛子のベクトルが壊れたために、一気に崩壊していきます。

手の内にあったはずの雛子の”心”を捉えておくことができなくなったことを認めたくない片瀬は取り乱します。

 

夫妻の関係の崩壊は、夫妻にメンタル的に依存していた布美子の精神にも大きな打撃を与えます。

 

夫妻にとってはどこか現実離れしていた世界から、一気にドロドロした展開になっていくのですが、逆に、人間らしい本性が立ち現れてくるのが興味深い。

一方、人間らしい本能に溺れ流されてきた布美子が、どんどん人間性を失い空っぽになっていくのも、対照的。

 

片瀬夫妻の秘密については、ふたりの間の確かな絆であり、それがあるから安心だった部分が大きいんだろうと思います。読み終わってすぐは、この秘密は作品に必要だったんだろうかと疑問に思っていたのですが、時間が経つにつれ、その意味の重要性が分かってきた気がします。

 

終章で語られるその後の風景は、布美子の望みが天に届いたように感じられて、読み手の気持ちも昇華されるようでした。

 

タイトルの『恋』

この作品の中で「恋」と呼べるものは、ひとつだけのような気がします。

 

 

 

 

小池真理子さんのこちらの本もお勧めです。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに2013年にドラマ化もされているようです。