結婚生活8年目の12月、娘も5歳になりかなりのおてんば少女で少しだけ困ることが多い。でもいつも静かな我が家に活気が戻ったみたいで母である私も嬉しい。今までどんなにつらいことがあってもこの子に悪影響を与えてはいけないからと必死に笑顔を保ってきた。でも、今となってはこの子に私が笑わされている。毎日が騒がしく過ぎていく中で、私はそれでも物足りなさを覚えていた。このこと過ごすのに何も不満は感じない、でも自分の中で何かかけてしまっていて、大きくも小さくもない穴が胸のうちに空いてしまっている気がするのだ。その穴を風が通り抜けるたびに何とも言えない淋しさに襲われてしまう。そうして冷えてしまいそうになる私を、娘が温めなおしてくれるのだ。
12月も中旬に差し掛かり、ふとクリスマスが近づいてきていることに気が付いた。自分の通帳や財布の中身を確認し、娘のクリスマスプレゼントを買いに出かけようかと思った。我が家では娘にサンタクロースのことを教えており、娘も聞いたままを信じて、空飛ぶサンタクロースを絵にかいたり、クリスマスイブの夜にはケーキの残りをサンタクロースのために手紙付きで枕元に置いていたりしていた。今年も娘はサンタクロースに手紙を書くつもりらしく、私は便箋を買ってきてあげた。意気揚々と机に向かって手紙に何を書こうかと悩んでいる娘の隣に座り、内容を一緒に考えることにした。
「ねぇ、サンタさんに何をお願いするか決めた?それも書いたらどう?」
「あっ、そうだね!ママありがと!!」
最初から決めていたようで、私が言うとすぐさま娘はプレゼントについて書き始めた。あまりにもすらすらと書くものだからホントに欲しかったんだなぁと感じ、特に家ではそのような何かを熱望するようなそぶりは見せなかったので新鮮な気持ちだった。
「んー?なんて書いたの?」
「内緒!サンタさんにだけ見せるの!」
そういうと娘は手紙を便箋で包み、自分の部屋に持っていった。
12月20日、そろそろクリスマスプレゼントを用意したいので娘が寝ている間に手紙を開いていることにする。娘は夜九時には寝るように習慣づけている。良い子は寝る時間!といってサンタさんが来てくれるようにと願いながら眠っている。何故か今年はなんだか娘がクリスマスの朝をすごく楽しみにしている気がする。加えて、神様に祈るかのようにサンタクロースを待っている。それほどまでにほしいものなのか、高価なものだったらどうしようと情けないが不安に思ってしまう。子供にお金の心配だけはさせたくないのだ。
娘が寝静まったのを見図り、罪悪感に悩みながらも便箋を開く。
――サンタさんへ
毎年忙しいのに私のところまできてくれてありがとうございます
子供らしく、まだまだきれいに文字は書けないが、娘は四歳で平仮名を書けるようになった。私が手紙を書いているのを見て興味を持ったらしく私が暇を見つけて教えたところすぐかけるようになった。娘はよく『ありがとう』という言葉を口にする。お礼がちゃんと言えて偉いねとよく近所の人などには褒められる。私が家で褒めると「好きな言葉なの!」と胸を張って言っていた。人に感謝することを決して忘れない、こんな小さな子だけど、誇らしく私は思っている。
サンタさんに感謝する文章がずっと続いて私は読みふけっていた。いつの間にか娘がこれを書いているときを思い浮かべ、涙があふれてきた。いつまでも泣いてはいられない、思い直して娘が一生懸命書いた長い長い文章を最後まで読んでいく。ついにプレゼントについて書いてあるところまでたどり着いて、私は眼を見開いた。
――パパの病気が治るお薬をください。今年は私はプレゼント入りません。パパを元気にしてください。パパと一緒に行きたいところがたくさんあるの。ママがいつも寂しそうなんです。サンタさん助けてください。
私は口元を押さえ嗚咽を漏らした。なんとか耐えようとしたけれど、最初の涙がこぼれてしまうとどうにも止められなくなってしまった。
パパ、すなわち私の夫は難病にかかり、すでに余命が宣告されている。それがクリスマスの次の日だ。今はまだ話せる程度には元気だが、これからどんどん衰弱していくだろうということを医者から聞いた。娘には一応聞かせてあるが、どの程度理解しているのかわからない。パパはいつかいなくなる、ということまでこの子は理解しているのだろうか。
クリスマスの朝、私は娘の枕元に「何でも治る薬」という表記をした普通の解熱剤を置いておいた。娘は朝起きるとそれを見て大はしゃぎをし、すごくうれしそうだった。私はそれを見て胸が痛かった。どうすればよかったのかと、今更自問を始めた。そんな後悔や不安ももう遅く、娘と私は早速病院に向かった。
夫はちょうど起きていて、話ができる程度には体調がよかったのが幸いだった。娘が嬉々として夫に薬を渡すと、夫は困った表情を浮かべたが察しがついたのかすぐさまその薬を飲んだ。すると見る見るうちに元気になったかのようにガッツポーズをし、ありがとう!おかげで少し良くなった気がする!と大きな声で言った。娘はピョンピョンはねて喜んでいた。私は夫が入院してからこんなに笑っていおる娘の顔を見たことがない。パパの存在はまだこの子にとってなくてはならないもので、この子の笑顔の元になっているんだなと感じた。涙が出そうになるのを必死でこらえた。そうしないと、裏切ってしまう気がして―。
「パパ早く帰ってこないかなー!」
「――。」
「パパが帰ってきたらお母さんも元気になるよね!」
「…ふふ、そうね。でもお母さん元気よ?」
家に帰って娘に大きい熊のぬいぐるみをサンタさんから預かってたといって渡した。娘はこれにも大変喜び、なんだか安心したのかぬいぐるみに抱き付いて昼寝を始めた。さらさらとした髪の毛を撫でる。
「ごめんね…ごめんね…。」
3日後、夫が息を引き取った。娘と二人で看取ったが、娘は最後まで泣かなかった。むしろ笑って退院した後のことを語っていた。遊園地行きたい、幼稚園でがんばるよ、勉強教えて、絵本呼んで、一緒にあそぼ――。聞いていて涙がでてきた、その願いはもうかなうことはないんだとわかっていたから。
すでに亡くなった夫に娘は何度も話しかけていた。運ばれていく夫にもずっとついていって叫ぶように話しかけていた。私は見ていられなかった。夫を亡くしたことと同時に、娘がこんなに悲しい想いをしていることがとてもつらかった。
娘はそれから何も話さない。いつも言ってくれた「ありがとう」も、何も…。もう一度この子にママっていってほしい、笑顔でいてほしい。私にできることは、なんだろう…。教えてください、サンタさん。この子に何をプレゼントすれば、「ありがとう」って言ってくれるんでしょうか。
