若松かねしげです、

ビッグパレットでの義援金贈呈式が終わった後、東村議員と私は会津若松市に移動しました。


会津若松市は大熊町の原発避難者4000人を受け入れており、会津若松市庁舎の一部を大熊町会津若松出張所として使用しています。

ここで、東村議員は1週間前に自分の政治資金パーティーを八王子市内で行い、そこで集まった義援金200万円と、2社が提供してくださった義援金14万円を大熊町長に贈呈しました。

私は、元会津若松市議から、会津若松市に大熊町民住宅建設の計画を聞いていました。
しかし大熊町長にお会いしてわかったことは、「早く大熊町に帰りたい」という多くの町民の想いでした。
また会合中には、隣の部屋からは、大熊町民の方が、長期間にわたる不安定な生活環境の不満を、大声で役場職員に訴えていらっしゃいました・・・。

以前、大熊町職員3名が離職したことをお伝えしましたが、、町民も職員も同じ避難者なのです。本当にやりきれない大変な状況です。


原発問題で帰るに帰れない大熊町民の厳しい現実を目の当たりにし、、、安住の地をどうするか、大熊町と会津若松市のそれぞれの葛藤に、同苦しながら、自分にできることはないか!何とかしてあげたい!という気持ちが、さらに強くなりました。

会津若松市長を訪ねた時にも、避難者受け入れ行政の悩みをお聞きしました。

そこでわかったことは、前日に片山総務大臣が同市を訪れ、会津若松市内に大熊町行政があるという「二重行政」の調査に来たことがわかりました。

しかし、同市長は、直接避難者を受け入れている会津若松市が、大熊町民の将来のことについて意見や方向性を出したりすることは、当事者でもあり、触れづらい話であることを伝えてくれました。

やはり、県なり国が双方に関わり、両行政に配慮した発信をしていただくしかないと実感しています。

この会談で、東村議員は、9月から東京都民が福島県、宮城県に旅行で宿泊する際には、3千円の補助金が支給される制度を会津若松市長にお伝えしました。

同市長は、大変感動し、「良い制度だ!」と、何度も何度も繰り返して言われていました。

実際、この日、東村議員と若松城、野口英世青春通り等の観光地を通りましたが、7月観光シーズンなのに、人はまばらで、原発の風評被害の大きさを痛感していました。

東村議員は、5月に面談した相馬市漁民の避難者の方々にも、近いうちに再訪したいと言ってくれました。

自分の選挙区以外の住民に対して、これほどの思いをもって行動する、公明党のチーム3000と、一人ひとりの人間性の高みを心から誇りに思いました!
と同時に、福島県生まれの一人として、東村議員に深い感謝の念を持っています!
東村議員、本当にありがとうございます。