若松かねしげです

東日本大震災第6週目
4月22日

早朝の福島駅でレンタカーを借り、相馬市へ。(今回で4度目の訪問)

目的は、津波で全壊した漁協事務所や魚市場復興を前に、
漁業再開を希望する漁師の方々に、無料の事業再生コンサルティングをすることで、何か一つでも漁が再開できるような火種を作りたかったからです。

同行した同僚のコンサルタントにとって、今回の東北震災地入りは初めてでした。
漁業再開の可否を見極めるためには、現場被災地の被害状況を把握する必要があります。
私たちは、松浦湾や漁港等の被災地を視察してから、漁協仮事務所へ向かいました。

前回、4月15日の訪問時は、漁港の瓦礫は手つかず状態でしたが、今回訪れた時には、近辺の瓦礫撤去作業が始まっていました。
復興に向けて、一歩前へ動き出しています。


何度か訪れているうちに、顔見知りとなった漁協組合長と専務理事が出迎えてくれました。
また、地元からも、公明党相馬市議会議員と発泡スチロール等の漁材を販売している事業者も同席しました。


漁業再開が早くできる方法はなにか。

その一点に絞り、皆で知恵を絞り合いました。

漁協組合長:
青空市場であっても、魚市場再開を望む。

専務理事:
世界三大漁場を守るため、行政の100%支援による漁港の再建。

漁材事業者:
宮城県名取市のゆりあげ朝市に習い、相馬市もできることから始め、漁業再開の糸口を作るべきである。
事業者の方は、翌々日に(4月24日)、名取市を訪ねるとのことでしたので、私はすぐにその場で公明党名取市議と連携をとり紹介。現地で両名が合流できるようにいたしました。
(ゆりあげ朝市…津波で全滅しましたが、3/27には近隣のイオンショッピングセンター駐車場を借りて再開しています。3月26日に視察しました

若松かねしげの考え:
漁協が国による100%再建を求めても、漁協が具体的に数字を入れた漁業再開までの工程表を示さないと、市、県、国の数字も入れた役割分担が見えない。
そこで、早急に市県行政および漁業関係者も参加した工程表作成チームを組成することが大事である。

もちろん、そのための援助は惜しまないこと約束しました。


すでに気仙沼港では、マグロの水揚げが再開しています。

一方、相馬港は、原発放射能の風評被害により、たとえ漁に出ても売れない魚しか獲れません。
そのやるせなさが漁業再開を遅らせている事実。
しかし漁師は、漁に出ないと生きていけないのです。

歯を食いしばってでも、一日も早く売れる魚が獲れる日が来るよう、私も祈りながら全力を尽くしていきます!


=========宿泊について========

4月21日(木)の新幹線最終便で福島へ向かい、東京・新橋の事務所で一緒に事業再生を行っているコンサルタントと合流。
1室だけ空いていた喫煙ツインルーム(二人とも禁煙者)で一晩を過ごしました。
復興に携わる業者の方々で、現地のホテルは混み合ってきています。