プロ野球監督まで務められた野村克也氏。
現役時代に「生涯一捕手」というこだわりを持ってプレイしてたが、私においては
「生涯一介護」…すなわち死ぬその日まで介護職でありたいという思いがあったが。。、
腰椎分離症
変形性脊椎症
腰部脊柱管狭窄症
という腰の複数の病気で下肢まで逝ってしまってその思いは粉砕されかけた。。。
思えば知的障がいだった(過去完了)頃、「知的は〇〇はできない」、「知的は清掃か工場系作業のアルバイトしかない」とか「その仕事は身体向け」など障害支援からもハロワの職員からも、職業訓練の就職担当職員からも言われ続けて、知的障害は普通の生活ができないのか?
権利がないのか?
当時私1人で(父子家庭)で子育てしてた頃(平成25〜27年ごろ)当時4歳〜6歳の娘を路頭に迷わせる気が!?
と怒りを通り越して、就職担当や支援者、生徒などの目の前で「だったら両足ギロチン(切断)してわざと身体障害になってやろうか!!!!!」と絶叫したこともあつた。(倉庫から電動丸鋸を取り出して電源オンしようとした事も!
職業訓練。。。当時の私にとってすでに社会人15年を超えてた時期でもあって、プロ野球でいえばベテラン選手!
特別支援学校とか?
卒業したてほやほやや新卒後就職したが失敗した20代前半の。。。またバスの中などでアニメのモノマネ(?)やスーツに長靴履くような非常識なことをするような人間に混じって訓練させられるとか。。。
プロ野球の育成契約選手でも、自身の選手生命にかけて必死だわ!!
はっきり言ってそんなやつと一緒にすんな!!!
と精神的に荒れてた時期でもある。
あれははっきり言ってプロ野球の実績ある選手が育成契約させられたような屈辱。。。
人生最大の汚点!
と言っても過言ではない!
そして知的障がいであることをなかったことにして
一切合切の障がい支援・障害者雇用から足を洗い、介護職に転身。
ご利用者様と接する中で、本当にやり顔と誇りを持てるようになって、初任者や実務者研修、介護福祉士の勉強していくなかで
「障害の理解」
「尊厳と自立」
ノーマライゼーションやマズロー。。。など
私が障害支援の利用者だった頃受けた仕打ちと重ねては、衝撃的なというかこんなことが罷り通ってるのか!?
と。。。本当に私が嫌な思いをしてきたその経験から「人権、尊厳、ご利用者様主体」という事は徹底して、「自分がされて嫌なことは絶対にしない」と誓って介護職として働いてきて、2年前に介護福祉士も合格して、さーこれから!!!
というときに身体障がいになってしまうという皮肉。。。。
そして介護職を諦めなければならないのか?
生涯一介護は無理なのか。。。
という状況になってしまった。。。
そして半年、施設内であれば歩行は可能。。。、移乗介助は基本2名で、もしくはノーリフティングケアを用いる。
などが可能ということで、10月1日から小規模多機能型居宅介護支援事業者で勤務している。
本当に好きで働いてきた介護職として再び働けるんだ!
と嬉しさで自己紹介の際人目を憚らず涙してしまった事も!
3日間の研修も終えて明日から実際に現場で働くことになりますが、本当待ち遠しい!!
(もちろん研修も大事、介護職というのは永久に勉強。。。なので)