ロシアの昔話に『3びきのくま』があります。
幼い子どもが大好きなおはなしです。
(あらすじ)
昔3匹のクマが仲良く暮らしていました。
1匹はでっかい大グマ、1匹は中くらいのクマ、1匹は小さな子グマ。
3匹は、おわん、椅子、ベッドを持っていて、それぞれに丁度良いサイズでありました。
ある日、3匹はおわんにお粥をよそって、散歩に出かけました。
そこへ女の子がやってきて、お粥を食べたり、椅子に座ってみたり、ベッドに寝てみたりしましたが、大グマと中グマのものは具合が悪く、子グマのものはぴったりでした。
そこで子グマのおわんのお粥を全部食べ、椅子は気に入り過ぎてゆすって、ゆすって壊してしまい、最後は子グマのベッドでぐっすり眠ってしまいました。
そこへ3匹が帰ってきました。
3匹のクマ達は、誰かが食べたぞ!座ったぞ!
と大騒ぎ。
そして子グマのベッドで寝ている女の子を見つけました。
気がついた女の子は慌てて、窓から飛び出し逃げていきました。
小さい子ども達はこのお話が大好きです。
絵本は20種類以上出回っていると思います。
たぶんもっと多いでしょうか。
幼稚園では年中組さんに読んであげることが多かったです。
読み聞かせには、ガルドンの絵本を選びました。
けれど、私の娘は
トルストイのこちらの絵本が好きでした。
これは有名なロシアの昔話、
限定された名前が無いというのが昔話のセオリーとなってます(例外あり)再話もそのようなものが良いとされていますが、
さすがにトルストイは、それでは作家魂が許さなかったのでしょうか、それぞれに素晴らしい名前を付けています。
大きいクマは、ミハイル・イワノビッチ
中くらいのクマは、ナスターシヤ・ペトローブナ
小さいクマは、ミシュートカです。
私は娘に、この言いづらい名前が何度も出てくる3びきのくまを読まされました。
娘はなぜかこの長い名前が好きでした。
ここに食いついたのです。
娘が3歳頃はまだ字は読めなかったけど、
このロシア的めんどくさい名前をすぐに覚えて、
ひとりのときも、
「ミハイル・イワノビッチがこわいこえでほえました」
と、絵本を読む真似をしていました。
その様子は本当にかわいいのでしたが、
読まされる私はきつかった記憶があります。
バスネツォフの絵はとても味のある
素敵な絵本なんですけどね。
さて、この『3びきのくま』が
どうしてそれほど子どもに人気なのかというと、
繰り返し。
とにかく子どもはくりかえしが大好き。
3回でワンセットの繰り返しが3セット続きますからそれだけで楽しい。
次に言うことが予想できて、当たっちゃうのだから子どもは「きた、きた」と嬉しくなるのです。
知ってるもん!という優越感も味わえる
そんなところが繰り返しの良さなんです。
この文法が
昔話は子どもに適してる要因の1つです。
深層心理から読み解きます。
大・中・小のクマは、たぶんお父さん、お母さん、ぼくorわたし
と思うでしょうから、聞き手の子どもはすぐに子グマに感情移入をします。
絵本では、最初からお父さんグマ、お母さんグマとなってるものもあります、先程のように名前付きもあります。
私は、大グマ、中グマ、子グマという表現の方が良いと思ってます。
必ずしも、父と母で構成されてる家庭ばかりではないこともあるし、子どもがどのようにでも解釈してほしいと思っているからです。
女の子が子グマのお粥を全部たべちゃった時、
子ども達は、えーっ?と声をあげます。
子グマの椅子をこわしちゃった時は、キャーなんて悲鳴に近い声を出します。
「どうしよう」とか「ダメ」と言う子もいますけど、だいたい困った顔をして聞いてます。
子ども達は、
女の子の行動と3びきのクマのやりとりにスリルを感じて楽しみます。
さて、
3匹にはそれぞれ、ぴったりサイズの道具があります。
子グマにもちゃんと自分用のおわんと椅子とベッドがあります。
おわん、椅子、ベッド、それは、
食事、睡眠、遊び。
子どもにとって生活の全ての保証。
そして、
女の子も実は子ども自身なのだと考えます。
子どもは自分の存在意義を確かめたいと願っています。
本当に私の居場所か、私は愛されているのかと
外から侵入して確認しているのです。
なのでそれまで息を呑むように聞いていた子ども達が、女の子が逃げてしまいました。
おしまい と言うと、皆顔がパァーと明るくなります。
大人は、キョトンとします。
「えっ⁉️ それでおしまい❓❓」と思うのですね、
子どもは不思議と「それでどうなったの?」とは聞きません。
安心して、「あーーおもしろかった
」
と言います。
そうやって愛されていることの確認、
このお話を聞いたり、絵本を読んでもらい、
潜在的な意識が満足するのだと思います。







