天橋立を堪能し
次に向かったのは竹田城です



竹田城といえば
日本のマチュピチュとも呼ばれ
雲海の上に浮かぶ城郭跡が有名ですよね

もちろんこれを見られたら素晴らしいでしょうが
雲海が発生する条件はなかなか厳しく
たとえ条件が揃ってても見られるかは運次第…
という事で雲海は早々に諦め
城跡だけ見に行くことにしました

恒例の事前学習

竹田城
1441年 山名持豊が築城
配下の太田垣氏が7代藩主を務める
※1467年 応仁の乱 細川勝元vs山名持豊(敗北)
1577年 豊臣秀吉の但馬攻略
生野銀山を管轄していた竹田城は第一目標
とされ秀吉に攻め落とされる
豊臣秀長(弟)が現在の縄張りをつくる
1600年 江戸幕府の方針で廃城
見所は
・山頂にあるのに総石垣造り
・尾根に沿って3方向にある曲輪
・3つの曲輪は標高331mの平面+本丸は+20mで立体と高度に計算された配置
・豊臣時代末期の野面積みの石垣
尾根を利用してるから
珍しい縄張りですよね

道のりがちょっと不便で、
車で山城の郷に到着後
天空バスに乗って最寄りのバス停まで行き
そこから坂道を20分歩きます

後半は傾斜もキツイですが
到着したら疲れなんか吹っ飛びました

マチュピチュ



ラピュタ



急に異世界にきたみたい



山の上で風や雨の影響も大きいだろうに
古びた石垣がしっかり残っていて
すごく雰囲気があります

もちろん保全補修はされてるだろうけど
戦国時代に大人気だった石垣造り集団、
穴太衆が手がけた穴太(あのう)積みという
石積み技法が使われているらしく
丈夫なんでしょうね

周りの山々の美しさも際立ってます

「えっここ台しか残ってないの?
多分俺一瞬で見終わって出口で待ってるわ」
と興味なさそうだったんですが(台って…
)
)実際来てみると
「想像以上に良い
」とご機嫌
」とご機嫌
特にこの山頂からの眺めと
石垣の廃墟っぽい雰囲気が気に入ったそうで
とても楽しんでいました

私に付き合って色んなお城を訪れ
解説を受けているから
「これは乱れ積み?」と聞かれて
こやつなかなか教育されてるな…とニヤリ

他にも竹田城の見所や歴史について、
日本の城の歴史について、
石垣の分類など
珍しく興味を持って色々質問してくれるから
たくさん語っちゃった

気付くと並んで歩いている
他の見学者の人にも話を聞かれてて
ちょっと恥ずかしかったですが

私も詳しいわけではないけど、
やはりこういう場所では
事前の知識があると面白さが倍増しますよね

大手門すぐにある「北千畳」をぬけ
三の丸・二の丸へ

南二の丸・「南千畳」が見えます

この遺跡感…いいですよね



竹田城の縄張りは
南北400m、東西100mだそうで
完存する石垣遺構としては全国屈指の規模

予想以上に広くて楽しめます

曲輪は同じ高さですが
ここだけ高くなっています

石段や穴蔵の形跡が残っておらず
連立式、もしくは連結式の天守だったみたい

現在は横に階段がつくられているので
そちらから登ります














