気候が安定せず、花粉も飛んでますが…
お元気にお過ごしでしょうか?
(私は花粉症、他にアレルギーもありながら、辛い時もありますが、なんとか生かせていただいております!)
今日は、なぜ人は自分の気持ち(メンタル)を保つために、他の人に対して、
人(自身を含めて)は、お互いに何をするのか?されるのか?等をお話しできたらと思っております。
よろしくお願いします。
ただし、付け加えさせていただきますが、
全ての方に対して、自分が悪いことをたなにあげて、他人を責めていると申しているわけではなく、
なかには、そういう方もおられる現実があるということです。
ご了承、ご理解のほど、よろしくお願い致します🙇
話は変わりますが、
人間足る存在は、自分のメンタル(プライドも含む)を保つために、時に自分も感じながら、(時には自分をも何かしらの形で傷つけながら)
なぜ他人に嫌な言動や行動をしてしまうのでしょうか?
そんなこと、考えてる暇はないよ…という方もおられるかもしれません。(でもそんな人に限って、自分が知らないうちにかなりストレスをあ貯めていると思います…)
簡潔に言います。
人は、自分を自分として保てなくなった時に、
先ずは自分の悪い点をわかっていながら、内省することが辛いのか?が理由かもしれません。
故に、真っ先にすること、それは他人やその環境(環境含めて)への責任転嫁できる点を探し、実行することでしょう。
要は、自分は悪くなどない(→そう思いたくない→自分が辛いとは思いたくない)、
悪いのは、周囲の環境やそばにいる他人に、そのベクトルが向けられるのでは?とも思います。
環境ならともかく(→それも良くないてすが)、
人として責められた他人はたまったものてはありません。
責められた他人は、自身を責めたりします。
私の何が悪かったのだろう?、どこがいけなかったのだろう?と…思い悩むでしょう…
他人にベクトルを向ける当人が、
自分の行動が本当に正しいのか?ということを内省できたら、他人の心や存在を傷つけるようなことはしないはずです。
言い方を変えれば、自分を責めたりしたくなどないので(→そういうことは嫌だから)、自分が責めやすい環境や、他人に責任を転嫁(押し付けること)を、
人は、時として行ってしまうのではないか?と思います。
心根が優しい人は、揉め事にしたくないから、
責められた他人に謝ったり詫びたりなどしてしまうでしょう。
現在のコミュニケーションの、物理的な状況が変化しても、
責めて楽になりたい(→本来の原因をわかりながら、或いはわかっていなくても他人に責任転嫁することで自己のメンタル含めた存在を保とうとする)人は、
傷つけられてしまう人(→優しい方は、自分が悪くもないのに、)が、謝罪したりしてしまう…
この関係は、変わらないと思いますし、
それは普通ではありません。
異常です‼️
繰り返しになりますが、
優しい方や、揉め事を好まない方は、自分が悪くもないのに、言われたことを肯定して謝ったりしておられ、その場を丸くおさめようとする、そんなことが多いと思えます。
そのように自分を攻めてくる他人とは、メンタル的な距離をおくべきでしょう。
自身の心を偽ってまで、訳のわからぬ理由で責めてくる他人には、対応はさりげなくして、関わらない方が良いでしょうね…
世間は、人と人とのふれあい(コミュニケーション)が少なくなってきている現在ですが…
ベース(基本)は、いつの時代も変わりません。
ご自身の至らぬことへの振り返り(内省)は必要ですが、訳のわからない理不尽な屁理屈(理不尽な言いがかりなど)で自分を責めたり、卑屈になる必要は全くありません。
長くなりましたが、正しいことは正しいし、間違っていることで因縁をつけられることなど、あってはなりません。
悪いベクトルを向ける方の味方をするつもりはさらさらありませんが、
そういう傾向のある方は、一日も早く精神科、心療内科、メンタルクリニックに診療してもらうべきでは?とも存じます。
長くなりすぎましたが、傷つけられているあなたが悩む必要はありません。
しっかりと、かかりつけかあれば、メンタル面でのストレスを相談して対処すべきです。
毒を吐く人には、関わらずにさりげなく、当たり障りのないコミュニケーションでやり過ごしてくださいね🙏
天(神様)も、御仏も個照覧(見て)くださっていますから。
だから大丈夫🆗✌️
またこのブログでお会いしましょうね(*^-^)


