「辻留」主人辻義一さんの「自然塩について」
「ミシュラン2010」で二つ星を獲得している、赤坂の「辻留」でお昼をいただきました。辻留では、「わじまの海塩」を使ってくださっています。
お料理の紹介の前に、紹介したいものがあります。「辻留」赤坂店主人の辻義一さんが塩について書かれた文章です。
専売公社(塩事業センター)の塩しか使えなかった時代に、料理人として自然塩の復活をたんたんと訴えた文章です。
1983年10月号の「月刊 ビックリハウス」(パルコ出版)に掲載されたものですが、名文なので、全文を引用して、ご紹介します。
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「自然塩について」 辻義一
最近、自然食ブームなどといわれますが、もともと食べものは、すべてが自然食だったわけで、わたしどもはちょっと変な気がします。
いわは自然食以外のものが、多く出回っていて、あたりまえのことがあたりまえでなくなったということでしょうか。
食べものについて、科学的な発達するのも良し悪しで、そら恐ろしい気がします。
ところで味には五つの味があります。辛酸鹹苦甘(しんさんかんくかん)とよんでおります。
辛とは、ひりっとからい味、からし、わさび、とうがらし、など香辛料も含めています。
酸とは、酢や柑橘類の酸、そのほか素材の持味の酸味も含めています。
鹹とは、味噌、醤油、塩、塩の味を中心にした味をいいます。すべての味を引き出すのが鹹です。
苦とは、にがいもの、たとえばふきのとうなど食べてみてすぐわかるもののほか、素材のもっているあくのようなものも総じていいます。つまり、苦とは素材の個性といえます。
甘とは、砂糖、味醂とすぐわかる甘味はもちろんですが、新鮮な素材だけが持っている、素材のあまさ、持ち味のあまさも含めています。
辛酸鹹苦甘と書いて、下に行くにしたがって、味の上では重要なこととなり、その味を引き出す鹹というのが、真中にいるといううがった配列になっています。
この真中の鹹つまり塩が今問題になっております。
卓塩その他のものでも、小さな字で塩化ナトリウム99%以上と書いてあります。これは塩化ナトリウムであると書いてあるのです。
塩というものは、もちろん塩化ナトリウム、にがり、ミネラル、微量ながらの燐とかマンガン等の有機物が含まれて塩を構成しているものなのです。
このことは医学的にも大変問題があるようですが、味の上でのみ考えてみることにします。
塩の味がよくわかるのは、味の薄いもののほうがわかりやすい。
お吸物の味つけは、塩と薄口醤油でいたしますが、塩化ナトリウムをつかいますと、塩からい味が立つというか、直線的にからさを感じて、おいしくありません。塩からさの中にもまるみがあるというのが塩の味なのです。
いくら良いだしをつかっても、その感じは同じなのです。
味の中心になる塩が良くないということは、あらゆる食品をまずくしています。
漬物、梅干、味噌、醤油、一塩の魚などは直接塩を使うものですが、甘味を引き出すのも塩です。
この塩は、これからみんなで考えていくべき問題であると同時に、早くもとの自然塩にかえすことが出来ればと思っております。
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辻 義一:
1933年 京都生まれ。北大路魯山人氏に師事。
茶懐石「辻留」の三代目、赤坂「辻留」の主人。
辻義一さんが、この文章を書かれた1983年から19年たった2002年に、ようやく日本では塩の販売が完全自由化されました。
今は2010年、せっかく自由化されたというのに、まだまだ、塩についての概念が固定化していますね。料理人の皆さんは、精製塩の使用に甘んじることなく、率先して、塩の概念を変えていってほしいと、切に願います。