話が通じない相手こそイライラするものはない。
何でだろうね。
たぶん話が聞けないってのが大きい。
聞いていてもとても狹い自分の世界の中で完結してる気がする。
共感とか相槌をうっているつもり何だろうけど、私はさ…って全部自分の中の事柄に繋げてしまうのがたぶんよろしくない。
そしてその引き合いが悲しいことに自分自身の経験ですらないところが痛々しく感じてしまうんだよね。
バランスが悪いのよね。
人の不幸に見合う不幸を、人の幸せに見合う幸せを持ち合わせてない。
その辺のわきまえが無いから、痛いし敬遠される。
そう思っているのに話を聞いてしまう私が悪いんだろうな
義務感でご飯に誘ったり、何かどうにか出来るって根拠のない思い上がりをしているから不健全なまま何だろう。
答えはもう何年も前から出ているんだよね…
私はあの子と一緒に居ても楽しくない。
自分のことを話したいとも思わないし、真面目に向き合って話をするのがしんどい。
それでも毎回願ってしまう。
お願いだから気づいて!って
自分なりに答えてみろよ!ってね。
まぁそれを引き出した結果が「分からない」のかもしれないけどね。
分からないからこそ、会話が成り立たないのかもしれないしね。
それは世間に慣れていないのか、それとも自分と向き合って来なかったのか
嫌な想像ならいくらでもできる。
きっと現実が怖かったんだろう。
友達や学校より家や血のつながりに縋って生きてきたのかなって
分からなくもないけど、そういう場所も必要だけど
でも、血が繋がっていても、家があっても
人間って独りだし、何より必死にならないと自分では何物も手に入らないと思うんだけど
その辺を気づいていく過程って誰もが起こりうるはずだったはずなんだけどな…