そもそも私が人と揉められるようになったこと自体青天の霹靂なんだろうけどね。
いやはや必然といえば必然なのかな?
元々大人しくないし、気性も荒い自覚はあったからね。
だから私は彼に似ているって思ったんだろうなと今さら思い出すわ
外面よく生きてきた。
何でも受け入れるふりをして、けして断らず人を否定せず
それに嫌気がさして今の私がある。
でも本質は変わらない。
はっきりとものを言えない時が今さらながらある。
私も心はあるから人の気持ちを思いやるわけだけども…それが裏目にでるよね。
演技もするよね。ええ私は嘘つきだよ。
でもその方が人のためになるんだって知ってしまっているから
全部に正直になることが、それが誠実だなんて私は思わない。
だから私は演じる時も嘘をつくときもけして手を抜かない。
相手に気取られないようにする。それこそを私は誠実だって呼ぶ。
わかるんだけどね…あなたがどんなに頑張ってくれているか知っている。
全部私のためだというのでしょう?
だから苦手だと思うことも付き合ってくれているんだよね。
でも私はそんなこと望んでいないよ。
私は一人が好きだし、自分のやりたいことに人を伴わない。
むしろ申し訳ない話だけど邪魔だよ。
私は私の時間を好きにしたいだけ、一緒に共有したいだなんて興味のない人間を付き合わせてまで思わないよ。
私を未だに分かっていないことにも悲しくなるし
中途半端に頑張っているつもりになっていることに腹が立つ。
それで人を想いやってるとかなめとるのかと
気遣いというのはそういうことじゃないよと詰めの甘さにため息が出る。
そしてそれを言いたくないのに言わせることも、分からないだろうことを適当に切り上げられることも本当にどうかと思っているけど
それでも一緒にいるのは何なんだろね。
私の甘えなのかな
結局分からんでいてくれる方が私も助かるのかもしれないしね。
今さらだけど理解されたい欲求と無理な現実に打ちのめされているのかもしれないね。
誰か一人はとどこかで思っているのかな?
孤独が嫌になるのかもね。
自覚的なことがたまに無性に嫌になるよ。救われないねって