返らない手紙

返らない手紙

2000年より【憩いの広場】というタイトルでブログを始め、第3段となります。自分の証を残す為の覚え書きのような存在です。

ブログタイトルを変更しました。(2011/4/6)
「一方通行な自分の考えを記す場所」という意味合いで付けました。

Amebaでブログを始めよう!

 

それはまるで、壮大で悲しい映画のストーリーのように見ている。

 

作られた物語のように、

 

悲しみに寄り添うふりをしながらも、真実など、まったく知りもしない。

 

妄想の世界の中で、あたかも、その恐怖と対峙したかのように悲しみを、綺麗な言葉で書き綴る。

 

 

そんな、嘘めいた、偽善めいた発言に、私はいちいち腹を立てている。

 

自分自身も、その1人に過ぎないにも、関わらず。

 

 

 

 

 

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『忘れない』

 

 

そんな言葉でこの未曾有の事態を片付けて欲しくない。

 

10年がいったいなんだというのだ。

 

当人たちに取ってみれば、いくら時を重ねようと『区切り』なんてものは存在しない。

 

綺麗事、美談、そんな風に悲しみをまとめあげようとすることが、なぜだが酷く悔しく思えて仕方がなかった。

 

不思議に心の中にわき起こる、悔しさと悲しみ、苦しみ、恐怖、かき乱される心、これの正体を掴めぬままに、

抑えきれずに筆を執る。

 

10年前のあの日から、その思いは変わらない。

 

自分を突き動かす『それ』がなんなのかを、自分でも知りたい。

 

 

 

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検索ワードに絡みついてきた【共感疲労】

 

これを単に感受性豊か、で済ませて良いのか。

 

あの時、脇目も振らずに現地へ足を運ばせることに前向きだった自分、使命のようにさえ思えてしまったこと、

 

自分が経験しているわけでもないのに、押し寄せてくる感情、涙、

 

それらをうまく結論づけることができずに、悩み、苦しんでいる。

 

 

 

思い立って急にシャワーを浴びる時も、お手洗いに行く時も、

『もし数分後に何か起こったら』そんな想像をしながら行い続ける日々。

 

これは一体なんなのか。

 

その理由を、

 

その意味を、

 

知りたい。

 

 

 

 

 

 

 

自分の、精神的な弱さは、隠そうとしてもどうしても、時々、顔をだす。

天変地異。
大きな地震や災害。
自分に何ができるでもないのに、
苦しくなったり、
涙が出たり、
恐怖心に煽られるのは何故だろう。

なにかをできるわけでもなく、
ただ、淡々といつも通りの生活を送りながら、
自分本意な相手に向かって怒りを募らせ、
そんな大したことない悩みと比較して、
苦しみに晒されている人々を思うと、
意味もわからぬ涙が溢れる。
偽善なのか?
なんなのか?

昨夜、美味しいごはんが食べたい、と飼い猫に向かって泣いた自分も、一体なんだったのかと思える。






心地よい気候となりました
4月もあと数分で終わり

自宅ビアガーデン オープン!
寒くなるまで開催中です

そのために購入したソーラーライト
ミニチュアテーブルが大活躍
合わせて2000円。

星空と夜景を肴に
これから毎晩、営業しそうで怖いです(笑)

初日はジョニーウォーカーのジンジャーハイボールから
http://bi-facenavigator.com/wishes-come-true/
上記の記事より抜粋

神社参拝後に虹を見る

幸せの前兆として代表的なものに、虹があげられます。

虹にはさまざまな種類があり、中でも二重の虹であるダブルレインボーは別名『願いの叶う虹』と呼ばれ、ハワイではダブルレインボーを見て願いをかけるとその願い事が叶うという謂れがあります。

虹は『思いの架け橋』なので、虹を見て天に願い(思い)を届けるのですね!

ところであなたが虹を見る時、どんな思いで見ていますか?

例えば、偶然雨上がりに空に現れた虹を見て「ラッキー」と思う人や、大吉兆の前触れと捉えて何らかのアクションを起こすきっかけにする人など、人それぞれの感じ方受け取り方があると思います。

私の場合も上記のように感じる時もありますが、特に「神社参拝前後に虹が出たら、その願いは叶う」と実感しています。今まで過去数回そのような現象が起きて願いが叶う出来事がありました。

『思いの架け橋』と言われる虹を見た後の願いや祈りは、努力と年月はかかりましたが全て叶うことができました。

その願いは今思えば自分のことだけではなく、周囲の人の幸せや大きな願いもかけていましたので、「神様が受け取ったサイン」として虹を見せてくれたのかなと感じています。

まとめ

日常には様々な幸運のサインや警告を含めた予兆が起きています。

今回のように、願いが叶う前の知らせを受け取るポイントは、「願いをかけている最中か願いをかけた後に幸運の兆しが起きたかどうか」が、一つの目安になります。

そして、今まで沢山の人の願いが叶う前の予兆を聞くと、その願いの内容は自分の幸せだけではなく、他人の幸せも願った時が圧倒的に多かったです。

自分も家族も周囲もみんなが幸せであることが理想ですよね。

もちろん、兆しがなくても願いが叶うことはたくさんあります。ただ、このような前兆があると何だか背中を後押しされたようでうれしい気持ちになります!

最後に、神社参拝で願いをかけて、その事柄について一生懸命努力をしたら、あとの結果は全て神様におまかせしましょう。

きっとあなたにとって一番良い方向に物事を運んでくれるはずですから!





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実は先程の虹、
近所のお社にご挨拶し、願いを込めてきた後のことでした。。
この記事を読み、不思議な気持ちになりました。
届いたのかな、願い。。
あとは自身の努力のみです。
ふと、気になって窓を開ければ、数分間だけ目の前に現れた奇跡。

みせてくれたかのように。

ダブルレインボーのメッセージを受け止め、涙が出ました。







ありがとう。
どうして気付いてあげられなかったんだろう、
自分になにができたんだろう、
なんて、過ぎたことを悔やんでも仕方ないじゃない。

いまはただ、其を選んだことで、自身がやづらいで
すらいで、苦しみから開放されたなら。
そう、願います。



幼き頃から。
昔からずっと、ひとり。
誰にも、相談できる相手は居なかった。
相談なんて自分以外の誰にもしないもの、幾度も考えことがある。
自分以外の誰も信用できないものだと思っている。
ひどく困ったときでさえいつも一人。
頼れる人がいるってどんな感じなんだろう。
優しさや温もりに触れてみたい。
一度も知ることなく、人生が終わるのかなあ。
それなら、べつに、今突然失われてもなんの未練もない。
子供の頃からの妄想で、
行き交うスピード感ある車の群れに飛び込んだら、どうなるんだろうか、と、幾度も考えたことがある。
痛みを伴わずにそれが出来たらどれだけ楽だろうかと考えたことが何百回もある。
誰も知らない、自分だけの秘密の思い。
実は今でもそれはあまり変わらない。
そうなったらいいのに、とさえ思う。
葬式代金などで困る人はいても、じこの存在が消えたところで困る人など一人もいない。
むしろ、飲食や酒代金が軽減されてエコなんじゃないかと思う。
痛いのや怖いのが嫌なだけだから苦しまずに消えられる方法があるなら教えて欲しい。











みんな、だいきらい。

人を憎むくらいなら、自分が消えればいい、と思う。

誰も信用ならない。

誰も、自分のためにしか生きていない。

ヒトと接することに、嫌悪感。
仕事も普通にこなすことが難しい。


世の中とは、こういうものなのか。

自分の精神状態が怖い。
でも、誰にも頼ることができない。
冗談抜きで、刃物を目の前のした瞬間さえ、あった。

痛みなく、姿を消せたら。
『そう言えば、居ないねー』
ぐらいのニュアンスで、きえられたら。

誰もしん
とある案件について、

リツイートしている人も
いいね!している人も

まとめて『アホだな』と思う。
論点がずれている。
そういう問題ではないんですよ。
相手のことをきちんと考えられず、
結果オーライ的なスタイル。

自分は、そういう群れからは無言で去らせてもらう。
心の離れを、説明するわけではないのだから相手は気が付かないままでしょう。
それでいいのです。

長いこと、人を観察してきたせいか、
心のない人
薄っぺらな人
気のない人
など、自分に悪影響しか及ぼさない人種は何となく、感覚で察知出来るようになってきた。

それでも最初は懸命に『信頼してみよう』と思うから、結果、第一印象の通りだった、と、傷付いたり後悔したり疲労したりする。
なんというか『騙されてあげている』みたいな感じかな。。

。。。に、しても。
舐めてるね。
この世界を。

遊びや趣味じゃないんですよ。
人生かけてる人も山ほどいるんですよ。

大事さが分からないなら、
足を洗って消えてほしい。
大事にしている世界を、壊さないで欲しい。

関わりを持ったことに、後悔しかありません。
なんの勉強にもなりませんでした。
ある意味、勉強にはなりましたけど。
気遣いが出来ず賢くもない大人が存在するのだと。

苛立って、眠れません。




連投に続き、最後にご紹介するのはステキなライブのシーン。

本当はあまり公にしてはいけない気もしますが、名前と場所を伏せてこっそりと。

これを見て、興味を抱いて下さる方がいたら、嬉しいですね。

 

 

ピアニストの方と知り合いで、ぜひ、ここのスタンウェイを弾いて欲しかった!

それが叶って嬉しい一場面です。


 

月イチで演奏している外国人トリオ。

ピアノ演奏が特に気になります。ムードのある優しく繊細な音色。

お出ししたお料理に、カタコトの日本語で「オイシイネ!」と言って下さいました。

嬉しい。