コピーをとりながら、ぼんやり外を眺めた。窓から見えるのは、高く聳え立つビルと、昔からたっているらしい古めかしい住宅。商店街にそってたちならぶ店は、客の訪れを微塵も感じさせない。

こんなところに洋品店なんか作って、いったい誰が買うんだろう。

 そう思いながら、いつも店の前を自転車で通り過ぎる。一日、また一日と時は過ぎているのに、まるで時間が止まっているように感じるのは、あたしが成長してないからだろうか。

 ここから見える景色は、ここからでしか見えない景色で、ここからあたしがこうやって眺めているのを気づいてる人はきっと誰も居ない。この空はどこまで続いているんだろうなんて思うと、自分がほんとにちっぽけなものに感じる。ここから見える人間も、みんなちっぽけで、みんな同じにみえて。

この家の数だけ人間が存在してて、その人間の数だけ物語があるんだな。

 ふと、そんな風に思った。当たり前の事だけど、普段はそんなこと意識しないで、その場その場を楽しんでいる気がする。人間の数だけ幸せがあって、苦しみがあって。みんな悩みを抱えて生きている。

 ほんとは自分が思うほど、幸せでもないし辛くもないし楽しくもないし可愛そうでもないのに、みんな心のどこかで、自分が1番幸せで、自分が1番辛くて、自分が1番楽しくて、自分が1番可愛そうだと思っている。だから悩んだり傲慢になったりするんだ。

 自分が思うほど人のことなんて気にしてないし、自分が思うほどすばらしいわけでもない。悩んだり傲慢になっている人は、みんな自分基準でしか見ていない。あたしもそう。貴方もそう。

上には上がいる事はわかってるし、下には下がいる事もわかっている。だけど・・・。

 悩みがない人なんていない。それを表に出すか出さないか。出さないのが格好いいわけでもないし、出すことが格好悪いわけでもない。上を見て憤りを感じたり、下を見て優越感を感じたり、そのくり返しで生きている。生きているってそういう事なのかもしれない。

 上ばかりを見て憤りを感じて生きている人、下ばかりを見てささやかな優越感を感じて生きている人。どちらが幸せなんだろう。きっとどっちも幸せじゃなくて、ギリギリのところで生きながらえているのだろう。

 そんな風に考えている間も、コピー機は動いている。出てくる紙は同じ内容で、次から次へとトレーへ吐き出される。こんな風に人間も同じ顔で同じ人生だったら、それがいくら幸せなものでも、絶対つまらない。

人をどうこう言う前に、自分はどうなんだ。

そう、きっとそういう事。