私は今まで、今から二年前には、うちの近所のPC、パソコン教室に、その年の一月から八月まで通った。

 

 その後、入院する。私は、その直前に、私の金銭管理を担当する、社協のあんしんサポートの、上司の方に強く、収支が合わなくなって来ている、極めて危ない家計が今の私の、経済事情だと、脅すというよりも、これは、経理、計算を、帳簿上から行って下さる方々の恩情である。私は即座に、その言いつけに従った。

 それ以外ありえない。我が家の収支が赤字になれば、そのまま、また、借金生活にも戻れない。今は、現金主義の我が家であるので、電気代が止められようが、水道代が、ガス代が、…。きりがないのだ。

 お金が、こんな時程、大事だと思う、身に染みて思う事はない。お金がある時が華なんだと。

 

 それゆえに、私は従った。そうしたら、当時の主治医だった、TクリニックのT先生が、私の薬が古すぎる薬だから、星ヶ丘病院で、今は入院生活も、あの頃、私が入院生活を送っていた二十年前、三十年前に比べれば、雲泥の差、月とスッポン、大名生活が送られ、ホテル生活が味わえる、とのたまう。

 

 実際は半分ホントで、半分ウソのような話だった。

 

 それで、入院したが、それっきり、PC教室の事は忘れられた。

 

 けれども、ラッキーだったのは、入院生活により、自動引き落としだったPC教室代が、その月から、引き落とされずに済み、実際上、通わなくても、引き落とされる仕組みの民間教室であったのだった。

 

 そして、私の自由な時間がまた、舞い戻って来た。むしろ今では、習い事は、PCも大事であるが、ピアノと言う、楽器の王様にも目移りする私である。

 

 そうして、私は、ピアノにしろ、PCにしろ、習える機会を虎視眈々と狙いを澄ましていた。

 

 それから、ようやく、私にも長い冬の後に、春がやって来た。

 何と、私の所属する、福祉相談室の事務所がそばにあり、そこに私のPC持ち込みで、何と無料でPCを、ワードもエクセルも、特に私は、ワードは一年近く、その今言ったパソコン教室で習ったので、エクセルを習わせてくれるという。

 

 これには、私は、涙が出る程うれしかった。

 

 その、おそらく、試験期間として、私と、そこの長との間で、しばらく、去年終り頃からか、今年の初めからか、我が家に長の方がしばらく来訪されて、モニタリング、訪問面接のような形で行われたが、私はあれは、私が本当に、事務所に連れて来ても大丈夫な人物、しかも、病状、状態なのかとの、諮問、試験の様なものだったのだろうとは理解しているし、実感している。この人は大丈夫な人なのかと。

 

 それが叶い、私は今、パソコン教室に通える身分となった。おそらく、私は、パソコンをここでみっちりやれば、なんとか、自分なりに、手分けしてでも、PCが身につくのではないのか。そう思う。

 

 しかし、私は、ここの相談室も面白い所で、実は、農場も経営している。そこへは、長の方が言うには、私はまだ、箱入り息子、ならぬ、要注意人物?!まだダメ、というお達しが出て、農業にはまだ出向いてはいけないという。

 

 最初の内は、月曜日だけ、それも午前中にだけ来ないか、との打診があったが、私が二の足を踏むうちに、おじゃんになった。

 

 それでも、私はのんきなものである。そこで、相談室の事務所にて、そこは大抵、女性ばかり、多い時で三人位いて、私は、時々、というか、毎回、本物のレモン入りのホットの紅茶を頂いたり、熱いコーヒーを頂いたり、時にはお菓子、特にこの間は柏屋の薄皮饅頭を頂いた。

 

 しかし、そんな、飲んだり食べたりばかりではなく、ちゃんと、PCの勉強もしているのである。先生役の相談室長の方は、この、エクセルにしろ何にしろ、やって、習いっ放しじゃあ、身には付かない。ちゃんと、家に帰って、復習はやっているの?こう聞かれると、ドキッとする。やばい。全く、やっていない。

 

 それを、正直に私が言っても、怒られはしない。ただ、私自身が損するのだよ、と内心、思われているのかも知れない。

 

 それにしても、私の記憶力の良さで、今の所、学習の、つぶしを利かせるというのか、ごまかしているというのか。あれだけ、「習いたい!」と言って叫んでいた私がこれでは、情けないとも思う。

 

 しかし、その場は、ただ単に、PCの学習専用の場でもないのだ。そこでは、人生の修行、学習というような、私の悩み事相談や、人生を語らったり、大好きな音楽の事を私が話すと、そこの長の親類に、音大を出た人がいる関係で、音楽に非常に詳しい長の方から、音楽に関して、非常に為になる話を聴く事が出来るのも、ここの相談室の特徴だ。

 

 とにかく、私にとっては、役得であり、この相談室でも、私のようなはすっぱな人間でも、再生工場、廃物利用の工場のように、どんどん真人間に育て仕立て上げている風な教育姿勢である事が良ーくと、ここで過ごす時間内でも見て取れる。

 

 これだけは言える。私は、人間よわい五十にして、たどり着いた世界が、この漂着点、A相談室事務所である。

 

 ここで、私は試されているのだと思う。信用のない私の事ゆえ。どういった立ち居振る舞いを、この場で私が繰り広げられ得るか、という事を。

 

 だから、特に皆さん方が、長の方も女性とは言え、怒るとコワいのは当たり前だが、怒られた事など滅多にない。ただ、私も怒られないように努力はする。怒られても反省もするし、コワいとも思わず、当たり前に受け止める。私なりに、忍従の期間、というのか、私なりに、頑張って、ここで合格点をもらえるように、仕向けていければ、というのが、今の私のささやかな願望、望みなのである。

 

 さあ、また一歩、歩みだしてみよう。

 

以上。よしなに。wainai