あくまでも、昔日の、私に戻る、と言う事

2023年08月21日 | 『福祉』『介護』病院・障碍者・高齢者福祉。母の優しさ。借金ローン返済地獄解決篇

私は、この所、考える所がありまして、

作業所もそうなんですが、

先日来、星ヶ丘等々の、

 

デイケアに通おう、と思ってきましたが、

それを翻意し、翻して、

いっそ、それらをも、止めてしまおう、と、

思い立ちました。

 

まあ、有難いとも思うんですが、

私としては、精神的な負担、御国に厄介になり過ぎている、という、

負い目ともなる訳です。

 

その件に関して、以前、お寺の、Kさん、ここではもうバレているかもですが、

一応、そのまま、Kさんとします。

Kさんにも突っ込まれたのですが、

 

それに対して、私の返答は、この場合、

名実ともに、と言われる如くに、

名を取るのか、詰まりは、名誉を重んじ、名を上げる事に汲々とするのか、

それとも、実を取るのか、実体、それこそ、果実としての、実、を取るのか、

二者択一に迫られた時、私は躊躇なく、「実を取る」と明言致しました。

 

それに付いて、Kさんも、それで行くんならば、

全て、今の状況に、有難い、感謝を以て、暮らしてゆく事だ、と仰られました。

 

私の胸算用からも、御国への私の申し訳ない気持ちからも、「いけ好かない」訳です。

 

そこで、考えました。一端、白紙に、この問題を、戻そうと。

 

私を、作業所へと、そこで働く事を非常に勧めてくれた方は、

福祉の、「AS館」の「H本K子」さんでした。4、5、6年前にです。

 

その情熱というか、彼女、H本さんも、丁度、たしか、

その、H本さんの相談員としての、御役目が終わるか終わらないかの時の、

その前だったかもしれませんが、H本さんも、私を急かせて、

急いで作業所へと、私を急き立てたのでした。

 

それ以来の、作業所勤務でしたが、元々は、私は、「お寺に通う」という、

選択肢を、それにより、一週間に何日間でしたが、失った訳です。

 

元々は、私の生活リズムは、お寺に通う、時には夜も、という、

サイクルが、くるくると、私の生活リズムとしては、最初から、そうなっていた訳です。

私は「お寺の子」「お寺で仏道修行に励む仏教徒の一人」であったのです。

それが、元々の、私の、姿、この、作業所生活に入る前からの、スタイルだったのです。

 

そこへと、元へと、素の自分、元の自分へと、戻ってみようか、と、

自分は今、考え方が代わり、それを実行してみたい、と思って居ります。

 

今は、とにかく、もう、これしかない。

お寺に戻る。日蓮正宗無量山寿海寺へと舞い戻る。これ以外に無い。

こう、思う次第です。

 

私は、何も、これ、この決定には、不満も、不服もありません。

以前のままの、六、七年前の、生活態度、あの頃の、自分に戻るだけの話ですから、

大満足な訳です。

 

よって、私の考えは、朝令暮改、直ぐに考えが変わるタチでして、

それを、人は、「君子豹変す」とも言いますが、

これは、誰からも言われた事、強制では決してないんです。

 

皆、自分で、自前で決めている事なのです。

 

ですから、このまま、私なりに、将来は、又、どういう決断、結論に至るかは、

時のみぞ知る、これでいいじゃありませんか。

 

そういった話であり、私は、これから、日蓮正宗のお寺で、仏道修行に励みます。

これこそ、「純情一直線」と名付けて良いと思います。

 

以上、長くなりましたが、私の生活態度に関する、小話を、ここで、述べさせて頂きました。

お付き合い頂き、誠に有難う御座います。言いたい事は、全て述べました。

 

以上。よしなに。wainai

 

(編集後記)

筆者記す。この決断には、何十年前までには、市内に、40か所程度の、作業所が存在した。それが、現在では、ほとんど、業態を代えてしまい、福祉職員の方々が仰る通り、私のニーズに合う所が、ない。

今、通っている作業所に通おうにも、そこの、作業所の管理責任者が中心となり、私の再通所、再開する事に、反対の意見を、私がそこへアポ、アポイントメントを取ろうとする度に、邪魔立てされる。

そこで、就労移行支援事業所、そうして再度、福祉作業所、遂には、病院でのデイケアにまでこちらは身を翻し、考えを改めて来たが、それすら、何だか、バカらしくも、愚かしくも、自身で思えて来た。

そこで、私個人の考えが二転三転して、産み出した結果、結論が、今回の御話しである。

そこを、福祉関係者、その他の人々には、大きな目で見守り、見詰めて欲しい。

以上。